谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その03 -

¡Hola! バルセロナ(3)

空港にはM先生夫妻が来ていた。私をバルセロナまで運んでくれたT先生とM先生は旧知の間柄。私はこれからM先生の弟子になるのだ。皆でコーヒーでも飲む予定だったが、マジョルカ島行きの便の時間が迫っていることが分かり、T先生一行はあたふたと行ってしまった
ロビーにはM先生と奥様と私、三人になった。私は東京で一度、来日したM先生に会っていた。しかしその時は、演奏会直後の慌しい楽屋で「よろしくお願いします」と短く挨拶しただけ。まともに話をするのは初めてである。「住む所はここです」私がおずおずと住所を書いたメモを差し出すと、M先生は「我が家から遠くないから一緒に乗っていこう」と、自分の車にさっさと私のスーツケースを積み込んでくれた
空港を出ても景色など目に入らない。「とにかくスペイン語を勉強しなければなりません」と私は先生に訴えつづけた。スペイン歌曲を習いに来ておきながら今からスペイン語を勉強するとは何ごとか!などと反省する余裕もなかった。先生は黙って私の言うことを聞いていたが、内心、呆れていたことだろう
念のためにお断りしておくが、これらの会話はすべて英語である。お恥ずかしい話だが、この時点で私が自信を持って言えたスペイン語はHola、Adiós、Graciasなど簡単な単語ばかりで、会話などまったく成立しなかった。「住む場所」も実は、出発の一週間ほど前に偶然見つかったものだった。両親の友人が「自分の友人のそのまた友人の友人の誰かがバルセロナで部屋を貸している」という情報を提供してくれたのである。「現地に行けばなんとかなる式」の留学は他人に迷惑をかけるだけ、とカチカチに考えていた私が、その困った人の典型になっていた
車はバルセロナの中心部へ向かっているらしい。街の雰囲気、建物の様子、通りをかっ歩する人たち…ふと古い映画の一場面を見ているような気がした。「ここはゴシック地区」とM先生が説明してくれた辺りから道が狭く入り組んで来た。そして、おそろしく古ぼけた分厚い木の扉の前で車が止まった。どうやらここが目的地らしい
(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga
2008年10月号(No.96)』に掲載されたものです