谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その08 -

¡Hola! バルセロナ(08)

レッスン開始一週間目。日常の英会話には苦労がなかったので「英語でスペイン語を習うこと」についての不安を感じていなかった。しかし、これが大誤算だった。日本では日本語で文法を習った。「この文を現在進行形にせよ」と指示されて、〜ingの文章を作る。しかし「この文を現在進行形にせよ」という指示そのものを英語で言われたことがなかった。つまり英語の文法用語を知らないのである。「この文法は日本語でなんて言ったかな?」と、たえず頭の中で置き換えながら、ミゲルの説明を聞かなければならない。ひどく疲れた。オランダ大男も、シリア美人姉妹も、その辺は問題がないらしい。涼しい顔で座っている

アントニオは会話担当である。誰かが前日の出来事をスペイン語で話し、これに対して他の生徒が質問する、というプログラムだったらしい。しかし悲しいかな、私達四人は「きょうの朝、アサガオがさきました」などという小学生の夏休み日記程度の文章さえ作れない。yo、tú、ustedが入り乱れ、動詞は活用せず、もちろん冠詞などこの世に存在しないがごとく…。イケメン・アントニオはすぐに我々へのお付き合いに飽きて、タバコを取り出し、「週末はどうするんだ?」などと話しかけてくる。ほとんど授業の体を成していなかった

それにしても、大男の態度は尊大だった。彼の発音は英語もスペイン語も喉の奥にこもっていて、ひどく聞き取りにくい。そのくせ「What?」と聞き返しでもしようものなら「これだからバカは困る」と言いたげな顔でこちらを見る。嫌な奴だった。美人姉妹はといえば、宿題を一切やって来ない。「何故やって来ないの?」と尋ねられると、「私達、貧乏だから辞書を買うお金がありません」と哀れっぽい目で訴える。生真面目なミゲルは「それは気の毒に…」と同情していた。しかし、私は知っている!彼女達は毎日授業が終わるとEl Corte Inglésへ繰り出し、買い物にうつつをぬかしているのだ。「昨日買ったスカートは色がいい」「今日はバッグを探そう」休憩に入ると、二人が夢中で話している声が聞こえてくる。授業中のショボショボした物言いとは打って変わった威勢のいいオシャベリ。周囲の思惑などまるで意に介さない。そして授業になると「私達、貧乏だから…」を繰り返すのである

二週目の月曜日が来た。大男欠席。ミゲルが「メグミも週末、彼らと踊りに行ったの?」と尋ねる。とんでもない!私は部屋に引きこもって宿題と格闘し、ひたすら動詞の活用を暗誦していたのだ。それっきり大男は授業に現われなかった。別のクラスの金髪の女の子達と毎晩飲み歩いているという噂だった。金曜日に教室へ行くと、今度はミゲルがニコニコしながら待っていた。「あの姉妹は止めたよ。メグミひとりになっちゃったから、このクラスは今日でおしまい」そ、そんな…

(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年03月号(No.101)』に掲載されたものです