谷 めぐみ の 部 屋
 


 

===========================================
Hola Barccelona
===========================================


スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その09 -

¡Hola! バルセロナ(09)

「メグミは、ひとつ上のクラスに合流すればいい」こともなげにミゲルは言うが、私にとっては大問題である。英語もスペイン語も頼りなく、そのくせ予習・復習・宿題を一切やって来ない姉妹二人との退屈な授業にはウンザリしていた。しかしだからといって、いきなり上のクラスに放り込まれ、私はついていけるのだろうか?「さぁ教室へ行こう」ミゲルが立ち上がった。悩んでいる暇はなかった

教室には三人の生徒が待っていた。ドイツ人のピーター、スイス人のイーヴォ、そしてスウェーデン人のエレナである。髪を長く伸ばしたピーターは、いわゆるヒッピーの風体。世界を放浪中というが、東洋人が珍しいらしく、私を頭のてっぺんから足の先までジロジロと見る。長身のイーヴォは弁護士の卵。メガネをかけ、鼻の下に髭をたくわえ、いかにもインテリ風。まだ21歳と聞いて驚いた。どう見ても三十代半ば、小さな娘が二人ほどいてもおかしくない雰囲気である。大学で絵を学ぶというエレナは私と同じ年齢。目をクリクリさせ、ショートカットがよく似合う。お茶目な彼女がいるだけで、クラスが明るくなるようだった。例によって、私が「Soy cantante」と自己紹介すると、彼らは目を丸くした

三人の英語はよく分かった。意思の疎通が出来る。ありがたかった。成り行きで無理やり進級?させられた私の事情を彼らは知っていて、答えを間違えても「大丈夫、大丈夫」と励ましてくれた。何よりも「スペイン語を勉強しよう!」という雰囲気である。私はホッとした。たしかに前のクラスより内容は進んでいる。しかし絶望的というほどではない。動詞の活用では全員が「エー、ウー」と詰まり、大爆笑になった

授業が終わり、帰り支度をしていると、エレナが少し照れながら私のそばへ来て言った。「今日から友達ね。どうぞよろしく!」彼女の言葉に誘われるように男二人もやって来た。「僕はずっと日本に憧れていたんだ」イーヴォがそう言ってくるりと振り向くと、何と、彼のTシャツの背中には「神風」の文字!「アントニオは調子のいい男だ」「ミゲルのジーンズは丈が短い」などと会話が弾む。嬉しかった。初めてバルセロナで友達ができたのだ

8月も終わりに近づいた頃、マジョルカ島に滞在していたT先生から連絡が入った。まもなく帰国するとのこと。先生一行と待ち合わせ、旅行客よろしくバルセロナ市内観光に繰り出した。壇オーナー、タマネギ氏、イガグリ君は「日本の若い女の子が来ている!」と喜んで、港近くの食堂へ案内してくれた。油だらけのテーブルと椅子、床に散らばるゴミ、板で仕切られただけのトイレ…。なんとも凄まじい光景だった。揚げたてのエビやイワシに皆でかぶりつく。ワイワイ話すのは日本語だ。私は、ほんのちょっぴり緊張が解けたような気がした

(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年04月号(No.102)』に掲載されたものです