谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その18 -

¡Hola! バルセロナ(18)
M先生のレッスンは順調だった。とにかく発音を厳しくチェックされた。“「この歌手はスペイン人?」と聴く人が思うくらい正確に”が目標である。少しでも曖昧になると「Otra vez(もう一度)」やり直しをさせられた。曲作りに関しては「そこを強く、そこを弱く」というような指示が無い。歌の背景、歌詞の内容、その裏に込められたニュアンス等を解説してくれる。理解できずに質問をすると何度でも答えてくれる。やり取りを重ねるうちに、歌の世界そのものが感じられ、自分が歌いたい歌の姿が見えてくる。次にそれを表現するべく歌ってみる…。そうやって、不器用でも、自分自身の歌作りをすることを教えられた。新しい曲をもらい、つい不安で誰かのレコードを聴いて予習して行くと、必ずバレた。歌の途中でいきなりピアノを止め、「誰の録音を聴いてきた?」と聞くのだ。「imitación(真似)には何の意味もない。メグミはメグミの歌を歌うように」が、M先生の口癖だった

幸いだったのは、これらの会話をスペイン語で出来たこと、つまり、スペイン語でスペインの歌のレッスンを受けられたことだろう。M先生は本当に忍耐強く私の頼りないスペイン語に耳を傾けてくれた。語彙不足、文法力不足で表現が定まらない時は「それは○○○ということか?」と私に尋ねてくれる。「No。私が言いたいのは△△△ということで…」とまた舌足らずな説明をすると、先生は最後までジッと聞き「ということは、▲▲▲か?」と、どこまでも理解しようとしてくれる。下手なスペイン語でも受け入れてくれている、その心が伝わるので、間違いを恐れずに話すことが出来た。逆も同じである。M先生の話の内容が理解できない時は何度でも質問し、それに対して先生は根気よく答えてくれた。この繰り返しが私のスペイン語を育ててくれたと思う。歌だけではない。スペイン語でもM先生は私の恩師だった

「スペイン語がうまくなりたければ、市場や個人の店で買い物をすること。スーパーマーケットは黙って買えるから楽だけど、それじゃぁ進歩しないよ」前のピソの住人、イガグリ君のこの教えを忠実に守り、私はクラスの帰りに八百屋、果物屋、パン屋等に寄って買い物をすることにしていた。どの店も1時には閉まる。いつも駆け足だ。パン屋にはわずかな売れ残りしかなく、それも無い時には、仕方がないのでアパルタメントの近くの“何でも屋”でBimboの食パンを買った

この何でも屋、お値段は少々高めだが何でもあった。パン、ミルク、チーズ、ハム、野菜、果物、スープの素、缶詰、コーヒーetc。店のおやじさんは「外人だな」という顔で私をジロジロと見るが、どこか態度がよそよそしい。「あんたと親しくなる気はないよ」とでも言いたげだった。ある日、店頭にkakiが並んでいた。「この果物はお薦めだ。甘くて美味しい」とおやじさんが話しかけて来たので「これは日本の果物。kakiは日本語よ」とスマシて答えてみた。「Ja、Ja、Japón! ka、ka、kakiは日本でもkakiなのか?」おやじさん、絶句。いつもの気取り屋はどこへやら。すっかり憧れの眼差しである。「Japónだって?」店の奥でムックリと黒い人影が動き、誰かが店先に出てきた。何と!いつも彫像のように座っているおばあちゃんである。歩くところを初めて見た。「nena(お嬢ちゃん)、あんた、本当に日本から来たのかい?日本は遠いだろう。いったい船で何ヶ月かかった?」「ふ、ふ、船…」今度は私が絶句した
(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2010年02月号(No.112)』に掲載されたものです