谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その44 -

¡Hola! バルセロナ(44)
Sala de Cienは水を打ったように静まりかえった。第一曲目〈さくら〉のピアノ前奏が始まる。端正、優雅、和の香りの奥にかすかな洋の陰影がにじむ。M先生の日本への思いが凝縮した美しい作品だ。私は大きくブレスをして歌い始めた。「さくら、さくら♪」…。お客様の集中が伝わってくる。〈八木節〉〈お江戸日本橋〉〈ソーラン節〉〈稗搗き節〉〈こきりこ節〉〈五木の子守歌〉〈音戸の舟唄〉〈黒田節〉〈木曽節〉〈子守歌〉と続き、12曲目〈おてもやん〉の明るくリズミカルな後奏がポーンと弾んで終わった。一瞬の沈黙、そして次の瞬間、大拍手が湧きあがった。お客様が皆、立ち上がっている。あの厳めしい顔の父上も、もちろん先生の奥様も息子さんも!少し足の悪い母上は椅子に腰かけたまま、全身をゆすって拍手してくれている。司会者の厳かな閉会宣言が済むと、お客様が次々と舞台にやって来た。「素晴らしかったです」「日本語は分からないけど、歌の心が伝わってきました」etc。沢山のお褒めの言葉にあずかる。M先生は大勢の人に囲まれ、嬉しそうにお礼を言ったり、日本の歌との出合いや出版の経緯を説明している。大成功だ。よかった。本当によかった。ホッとしているところへ、ひとりの青年が近づいてきた。「初めて日本の歌を聴きました。とても美しかったです。ところで、〈さくら〉は花の歌ですよね?不思議でした。あなたの歌に“祈り”を感じたのです。Sakuraは日本人にとって特別な意味をもつ花なのですか?」思いも寄らぬ問いだった。「特別かどうかは分かりません…。でも春になると、日本人は皆、桜が咲くのを今か今かと待ちます。そして咲いた桜を心から楽しみ、散ってゆく桜をまた心から見送るのです」とっさに答えたものの、我ながら頼りない。そういえば、桜の樹の下に死体がウンヌンという文章があった。梶井基次郎だっけ?あの感覚は特別かもしれない。生と死は祈りに通じる?でも桜と言えば花見。祈りと花見との関係は?…頭の中がグルグル回るが、次の言葉が出てこない。それでも青年は「なるほど。生まれて、咲いて、死んでいく。つまりvida(人生)そのものですね。だから“祈り”を感じたのかもしれません。日本の精神に憧れを感じます。ありがとうございました」と、お礼まで言ってくれた。ごめんなさい。何かもっと的確なコメントが出来ると良かったのだけれど…。心の中で詫びながら、あぁ外国で暮らすとはこういうことなのだ、と痛感した。スペインを知ってスペイン語を習得することはもちろん大事だけれど、それと同時に、いや時にはそれ以上に、自国つまり日本のことをよく知って、しかも自分の言葉で語れなければいけないのだ

夢の一日が終わった。市の担当者に見送られ、M先生の車で市庁舎を後にする。夜のバルセロナ。来る時と同じように、車窓から見える景色は、雑踏のなかで眺める街並みとはひと味もふた味も違う輝きを放っている。壇氏のピソは闇に沈んでいた。あの古めかしい扉の奥、真っ暗な階段を上った所には、一年前に飛び込んだ部屋がある。ボケリア市場で牛乳とピーマンとハムしか買えなかったバルセロナ初日、スペイン語との格闘、飽きもせず歩き回ったゴシック地区…。いつもコーヒーを飲むバルは、夜の装いに姿を変え、妖しく賑わっている。不思議な街だ。なぜ私はこんなにも心魅かれるのだろう?この得も言われぬ懐かしさは一体どこから来るのだろう?別れの日が迫っている。私は帰るのだ。どこへ?日本へ。そう、もう決めたこと。どこにも迷う余地はない。でも、時間よ、止まれ…

翌日、昼食に招かれてM先生のお宅に行った。父上は例によって書斎で新聞を読んでいたが、私の顔を見ると立ち上がり、「昨日はおめでとう」と、固い握手をしてくれた。「メグミ、モンセラートへは行った?」奥様に尋ねられた。「No」私はその辺がマメではない。京都時代も名所旧跡のど真ん中で暮らしていながら、積極的に見物に出かけることはなかった。千年の都も私にとっては生活の場である。誰かを案内する以外に、あらためて観光に行く、という発想が浮かばなかったのだ。「メグミにカタルーニャを味わってもらわなきゃ!」奥様の発案で、その週末はご家族と一緒にモンセラート修道院へ出かけた。お参りとも観光ともつかない人、人、人…。京都の清水寺を思い出す。修道院には有名な
La Moreneta(黒い聖母像)がある。触れさせていただけば願いが叶うという。私も長い列に並び、優しい面立ちのマリア様にそっと指を触れた。次の週末は、リポールへドライブだ。途中の小さな村に寄り道をしながら、サンタ・マリア修道院に到着。正面玄関の見事なファサードに圧倒され、ボーっと見上げていると、「メグミ、写真!写真!」奥様が張り切って何枚もシャッターを切ってくれた。「少し斜めを向いた方がキレイに撮れるわ」「ダメ、ダメ。カメラの方を真っ直ぐ見ないで。何気なく空を見上げるのよ」美人の奥様は、写真のアングルの取り方に自信がある。髪をカットしてくれたり、大切な形見のボレロを貸してくれたり…。男の子しかいない奥様は、束の間の娘?である私と過ごす時間が珍しく、楽しかったのかもしれない

ドライブの帰りに三樹子さん宅に寄った。急ぎの相談がある、と、連絡が入っていたのだ
(つづく)
  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2012年09月号(No.142)』に掲載されたものです