谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その47 -

¡Hola! バルセロナ(47)
帰国二日前、朝から掃除と洗濯に追われた。リビング、寝室、バスルームと床から壁までピカピカに磨き上げる。脱水の大振動で勝手に踊りまわる洗濯機も今日まで何とか止まらずに動いてくれた。シーツやタオルなど部屋備え付けの布ものを全部放り込む。この部屋は陽当たりが悪いので、早く干さないと夕方までに乾かない。鍋、食器、ナイフ、フォークその他の備品もきれいに洗い直した。エレナとイーヴォ、ピーターが遊びに来た時のことをふと思い出す。「抹茶入り玄米茶」に砂糖をたっぷり入れて「これは美味しい!」と喜ぶ三人に呆れたっけ…。家事を済ませたらもう午後1時前。大変だ。慌てて銀行口座の解約に行く。戻ると、すぐにレンタルピアノ引き取りの業者がやって来た。青い作業服を着た親分と子分の二人組。軽口をたたきながらピアノを部屋から運び出したものの、さて、エレベーターに収まらない。「来た時はどうやって運んだんだ?」「もちろん、このエレベーターで」「変だな」エレベーターが4階でずっと止まりっぱなしになっているのを不審に思って、ポルテロのおじさんが上がって来た。「何をモタモタしているんだ!お前たち、上手くやれ」なんて威張って指示をしている。しかし、立てても寝かせても斜めにしても、ピアノは収まらなかった。「なんてこった」親分と子分は舌打ちをして、太いロープでピアノを体にくくり付けた。非常用の階段を使って降りるのだ。この階段、真っ直ぐではない。狭い螺旋階段である。少しずつ角度を変えながら、慎重に一段、また一段。4階というのは日本の5階にあたる。地上階の遠いことよ…。やっとたどり着いた。ハァハァ。親分も子分も息があがり、額から汗が噴き出している。イヤ味のひとつも言われるな、もしかすると追加料金を請求されるかも…。ところが、なぜか親分は上機嫌。「ネェちゃん、次の楽器はフルートにでもするんだな」と、黄色い歯を見せてニンマリ笑い、さっさと引き上げてくれた。助かった。ピアノが消えた部屋はぽっかりと穴が開いたようだ。洗濯物をきちんとたたんでクローゼットに収め、スーツケースに荷物を詰め込む。半分以上が万が一の紛失を考えて船便に入れなかった楽譜だ。これだけは絶対に持ち帰らなければならない。ひと通り準備が終わった。静かな夜、もう何もすることがない。バスタブにお湯をはりお風呂に入った。スペインにすっかり馴染んだ私も朝シャワーの習慣だけは身につかなかった。明朝、不動産屋が来る。引き渡しには三樹子さんが一緒に立ち会ってくれることになっていた。夜は彼女の家に泊めてもらう。最後の最後まで、ここぞ、という時は、いつも三樹子さんが頼りだった

翌朝早くベビーカーを押した三樹子さんが到着。まもなく不動産屋がやって来た。部屋中をジロジロと見まわし、ソファやベッド等の家具、クローゼットの中の寝具、キッチンの鍋、食器、サイドボードの引き出しの中まで入念にチェックしている。「メグミさん、余計なこと言っちゃダメよ」。私に日本語で念を押してから、三樹子さんは不動産屋にきっぱりと言った。「掃除も洗濯も完璧です。壊した備品も一切ありません」。本当はお皿の一枚の端っこがほんのちょっと欠けちゃったんだけど…。「ふん」と不動産屋。何かケチをつけられる物はないかとしつこく調べていたが、結局何も見つけられず、引き渡し手続きは無事終了した。鍵を返す。「ドアは開けたままで」という不動産屋の声に促され、ガラガラとスーツケースを引っ張って部屋を出た。玄関にはポルテロのおじさんが待ち構えていた。「またバルセロナに来い。来たら必ずここに寄るんだ。約束だぞ」。おじさんは、いつになくシンミリしている。「寄らなかったらcastigadaね」。我らの合言葉を返すと、おじさんはやっといつもの笑顔を見せた。「そうだ、castigada!」。おっちょこちょいだけど、いつも私のことを気にかけてくれたポルテロのおじさん。ありがとう。お世話になりました

その夜は三樹子さん宅でお別れの夕食をした。「メグミちゃん、お元気でね」関西なまりのカタコト日本語を話すご主人、美人のお姉ちゃんと私の名前を最後までユグミと呼んでいた小さな妹。明日でお別れとはとても信じられない。「私、ちっとも寂しくないわ。お互い生きていれば、どこにいても繋がっている。必ずまた会える。ね?そうでしょう」。三樹子さんの言葉には頼もしい力があった。そう、繋がっている。どんなに遠く離れていても、きっと、ずっと、繋がっている。三樹子さん、本当に本当にありがとう

翌朝、三樹子さんと一緒に空港へ向かった。彼女は私を見送った後、そのまま仕事でマドリードへ飛ぶことになっている。空港に着くと、ひと足先に到着していたM先生の奥様が手を振って迎えてくれた。まず搭乗手続きを、と、カウンターに向かうと、何やら様子がおかしい。大勢の日本人客が大声で騒いでいる。案内嬢ならぬ案内セニョーラの冷たく言い放つ声が聞こえて来た「この便は運航しません」
(つづく)
  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2012年12月号(No.145)』に掲載されたものです