谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その48 -

¡Hola! バルセロナ(48)
「〇〇便に乗るんですけど…」。「No」。「〇〇便は…」。「No」。ニコリともしない案内セニョーラに突き放され、皆、すごすごと退散してくる。一体どうしたというのだろう?とにかく事情を確かめねば。「この便が飛ばないというのは本当ですか?なぜ飛ばないのですか?」私の問いに、セニョーラはにべもなく答えた。「機材に不具合が見つかったのです。フライトは明日の同じ時刻に変更になりました」まさかの事態だ。スペインではこういう場合、どんなに抗議しても無駄である。それよりもさっさと諦めて、今夜どうするかを考えるのだ。と、当然のように思いをめぐらせている自分に驚いた。私の思考回路は目の前の日本人グループと明らかに違っている。しかも彼らの言動に少なからぬ違和感を抱いている。郷に入れば郷に従え、というが、私は郷に入って郷に従ったどころか、すっかり郷に染まりきったということか…。それにしても、カウンターから少し離れたところで幾つかのグループに分かれてブツブツ言い合っている日本人は、この事態を理解しているのだろうか?余計なお世話と思いつつ、夫婦らしき中年二人組の女性の方に話しかけてみた。「明日の同じ時刻に飛ぶそうですよ」「エッ?」ジロジロとこちらを見る。警戒しているのだ。これまでにも似たような出来事があった。街で、困っているのかな、と思って日本人に声をかけると、たいていの場合、「いえ、大丈夫です」と、そそくさと離れていく。「あなた、何者?」と不信感を露わにする人もいた。よほど私の風貌が怪しいのだろうか?それとも、留学生くずれの変な女に騙されないよう用心しているのだろうか?…。「機材に不具合が見つかったので整備をやり直すそうです」「本当にそう言っているの?」「はい」私がうなずくと、女性は連れの男性の耳元で何かささやいた。すると彼はチラッと私を見て、完全に無視し、いきなり大きな声で周りに告げた。「皆さん、この便は機材に不具合が見つかったので整備をやり直し、明日の同じ時刻に飛びます」まるで「やぁやぁ我こそはこの窮地を救うスーパーマンなり!」の風情である。呆れた。「なぜすぐに整備できないのですか?」「きちんと説明してもらわないと困る」「貴方、スペイン語が出来るんですね。係の人に詳しく聞いてもらえませんか?」飛び交う声、声…。「いや、私は…」むにゅむにゅと口ごもる男性。ほら見ろ!もう親切にしてあげないから。業を煮やした別の男性がカウンターに近づいてカタコトのスペイン語で言った「私は今日戻らないと仕事に間に合わないのです」「無理に飛んで墜落する方がいいのですか?」冷たく言い返すセニョーラ…。延々と騒ぎ続けている日本人のかたまりを離れて、私は奥様と三樹子さんのところへ戻った

「どうぞ今夜もウチに泊まってちょうだい。娘たちも喜ぶわ」事情を話すと、三樹子さんはすぐに言ってくれた。ありがたい。しかし彼女は今からマドリードへ出張で留守。ご主人の帰りは遅く、それまでお嬢ちゃんたちは祖母の家に預けられているという。泊めてもらうにしても時間の目途がたたない。「ありがとう。でも今夜はどこか近くのホテルを探して泊まるわ」「なぜこんな時に出張が重なっているのかしら。ごめんなさいね」私たち二人のやりとりを聞いていた奥様が事もなげに言った「ウチに泊まればいいわ。ミキコ、心配しないで。メグミは私が連れて帰って明日また空港に送ってきます。貴女は安心してお出かけなさい。いいわね?メグミ」いいも悪いもなかった。しかし、またもや、まさかの事態だ。いくら何でもそんな好意に甘えてよいものだろうか…。マドリード行きの出発時刻が迫っていた。私が三樹子さんを見送る、というわけだ。「可笑しな具合になったわね」「最後に飛行機まで止めちゃうなんて、まったくメグミさんらしいわ」大笑いしながら私たち二人はしっかり抱き合った。「元気でね。必ずまた会いましょう。いいえ、必ずまた会えるわ」明るく力強い言葉を残し、三樹子さんは搭乗口に消えていった

奥様と二人になった。ご自宅に泊めていただくことになるとは、想像もしなかった。「ありがとうございます」あらためてお礼を言うと、奥様はニッコリ微笑んだ。「今日はご褒美の一日よ!まずコーヒーでも飲みましょう。それから買い物があるの。付き合ってくれる?あ、その前に家に電話をしなきゃ。今夜メグミが泊まります、ってね。みんなビックリするわよ」そういえば、と、奥様と私は同時に気が付いた。24時間後のフライト時刻のその少し前に、M先生が仕事先から帰ってくる便が到着するのだ。もしかすると空港でもう一度M先生に会えるかもしれない。飛行機が丸一日遅れてくれたのもご褒美か?などと、つい虫のいい考えが心をよぎる。
Si Dios quiere…。どうぞ神様、quererしてください!

(つづく)
  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2013年01月号(No.146)』に掲載されたものです