谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その50 -

¡Hola! バルセロナ(50)
翌朝、再びお別れの時が来た。「もしも今日も飛ばなかったら、今日も戻って来なさい。何も心配いらない」父上の厳かな言葉に、「そうだよ。メグミはもうバルセロナに我が家があるんだから」と、息子さんが得意のウィンクで答える。「いつでも帰っておいで。待っているよ」母上はギュッと強く抱きしめてくれた。もしも、もしも、今日もあの便が欠航してくれたなら…。No。最後の最後まで私を優しく温かく守ってくれたご家族の皆さん、本当にありがとうございました

空港はごった返していた。まずカウンターに向かう。今日の案内嬢はすごい美人。極めて事務的に、まるで何事もなかったかのように搭乗手続きが済んだ。昨日の騒ぎがウソのようだ。「ご迷惑をおかけしました」らしき台詞が一切無いのも、スペインらしいというべきか?カウンターの周りには、当然のことながら昨日と同じ面々が集まっていた。相も変わらずグループに分かれて、各々「私達は旅慣れているのよ」といわんばかりの、ちょっとイヤな雰囲気をまき散らしている。余計なお世話で言葉を交わした夫婦は、私を見るとギョッとして、慌てて目をそらせた。感じ悪いなぁ…。スペインで暮らし、スペインを好きになればなるほど、一方で、自分が日本人であること、日本を愛していることを実感した。が、しかし、そのまた一方で、今目の前で繰り広げられているような雰囲気にどうしてもなじめないどころか、かなりの違和感を抱く自分を発見した。大発見だった。どうやら私は規格外の変な日本人らしい

M先生が乗った便はすでに「到着」の表示が出ていた。ところが、「いつもこの辺で待ち合わせるのよ」と奥様が言う場所は人、人、人で溢れ、M先生を探すどころか、奥様と私もはぐれてしまいそうなほど混雑している。似たような背格好の人を見つけて、アッ!M先生、と思えば別の人。あたりをグルグル回っているうちに、もと居た場所に戻れなくなり、またウロウロ…。探しても探しても見つからない。刻一刻と私の便の時刻が迫ってくる。「困ったわね。どこにいるのかしら…」奥様も途方に暮れている。この同じ場所にいながら最後に会えない?このまま出発してしまう?それは悲しすぎる。いや、絶対にそんなことがあるはずはない。私は眼に全神経を集中した。そして大混雑しているロビーを端からジーッと眺めていった…。「Mira!」一瞬、そこだけスポットライトが当たったようだった。壁の近くで、私達とは反対の方を向いて突っ立っているM先生を見つけたのだ。見慣れた紺色のシャツの背中、今度こそ間違いない!「どこ?どこ?」「ほら、あそこに」私が指さす方向に奥様も一緒に走り出す。けたたましい話し声とベラベラ早口で流れるアナウンス。すさまじい喧騒のなか、いくら大声で呼んでもM先生は気がつかない。人混みをかき分け、かき分け、やっとたどり着き、一瞬ためらうも、仕方がない!背中を思いっ切り叩いた。振り向いたM先生。「¡Hola!メグミ、昨夜はよく眠れたかい?」いつもの調子だ。事ここに至ってもマイペース、焦りも慌てもしないM先生に、私は半ば感心し、半ば呆れてしまった。もう時間がない。「行きます。本当にありがとうございました」「同じ言葉をメグミに贈るよ。私達に幸せな時間をありがとう」「メグミ、Hasta la vista」奥様の大きな目が潤んでいる。Hasta la vista〜また会う日まで。寂しいけれど寂しくない。でも、やっぱり寂しい…。思わず言葉につまる私に、M先生がニッコリ微笑んだ。「Hasta la vistaじゃない。Hasta prontoだよ。Hasta pronto、メグミ」Hasta pronto〜またね。そうだ。また会える。きっと、すぐまた会える

ゲートを抜けて振り返ると、背伸びをして大きく手を振ってくれているM先生と奥様の姿が見えた。
Hasta prontoバルセロナ!Graciasバルセロナ! Mi querida Barcelona!  (完)

  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2013年04月号(No.149)』に掲載されたものです