谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - Epílogo -

¡Hola! バルセロナ(Epílogo)
「バルセロナで歌い、暮らし、スペイン語を学ぶなかで、考えさせられることが沢山ありました。もしかするとこの経験は、今スペイン語の勉強で苦労されている方の何か参考になるかもしれません」「ほほう。では、それを文章にしてみては?」こんな塾頭先生との何気ない会話をきっかけに始まったのが、歌修行日記『¡Hola!バルセロナ』でした。全体構想らしきものがあったわけではありません。バルセロナでの悪戦苦闘の日々を振り返り、次々と思い出すままに書き綴り、そういえばあんな事があった、こんな事もあったと、キーボードを叩く指が止まることもしばしば…。この気まぐれ極まりない連載がまさか足かけ五年も続くことになろうとは!予想もしませんでした。貴重な機会を与えてくださった塾頭先生、そして長い間ご愛読くださった皆様、本当にありがとうございました

GraciasとAdiósしか言えないままバルセロナへ行ってしまった私は、世界各国からやって来た若者たちと一緒に英語でスペイン語を習う、という、とんでもない状況に陥りました。一方で、当時のバルセロナは、すでにcastellanoとcatalánが自由に飛び交う街でした。今の今まで理解できていた会話が突然分からなくなる。二つの言語(しかも、その両方が私にとっては外国語)が同時に存在する。奇妙な感覚でした。外国語とは何なのか?言葉とは何なのか?…。猛烈な勢いでスペイン語と格闘し、どうやら日常生活やレッスンに不自由しなくなった頃、今度は恩師の『日本民謡集』の仕事に携わることになりました。恩師は日本を深く敬愛し、日本のあらゆる事柄に興味を持っていたので、折にふれ、私に質問を投げかけてきます。いざ答えようとすると、自分があまりにも漠とした、そして限られた知識や経験しか持ち合わせていないことに愕然としました。少しでも曖昧な答えをすると、そこはスペイン人、「だから?」「それで?」「なぜ?」と、納得するまで、容赦なく攻めてきます。あぁ外国で暮らすとはこういうことなのだ、と、初めて気がつきました。スペインを愛する日本人として、スペインを知ってスペイン語を習得することはもちろん大事ですが、それと同時に、いえ、それ以上に、自国つまり日本のことをよく知り、知ったことを咀嚼(そしゃく)し、自分の知識としてスペイン語で語れなければいけないのでした

「スペイン語」を思う時、私はなぜか精緻な万華鏡が心に浮かびます。細やかに美しく、そして果てしなく広がる世界…。憧れとともに、これからもこつこつと学び続けていきたいと思います

M先生ご夫妻に見送られてバルセロナを飛び立った、その後の物語を少しだけご紹介させていただきます。モスクワで乗り換えて無事帰国した私ですが、成田空港に着いてみると、バルセロナで預けたスーツケースが無くなっていました。船便での万が一の紛失を避けて、バルセロナで手に入れた楽譜の中でも特に大切なものを詰め込んだ大事なスーツケースです。私を含めて二十人分の荷物が行方不明になっていました。見つかるかどうか分からない、と宣告されて呆然自失、一日千秋の思いで待つこと一週間。ようやく出てきました。何でもモスクワ空港の隅に二十個まとめて放り出されていたそうです。帰国の翌年、私は夏の音楽祭Grecに招聘を受けて再びバルセロナへ渡り、M先生の伴奏でリサイタルを開くことができました。またこの年から数年続けてヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスが来日し、各地で演奏会が開かれたほか、日本で初めてのマスタークラスも開催されました。同行したピアニストはもちろんM先生です。私は受講生としてマスタークラスに参加しましたが、途中からクラスの通訳という大任を拝し、一行とともに全国を回りました。ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスの言葉を日本語に訳し、M先生の用事を手伝い、時には二人と一緒にコーヒーを飲み、食事をする…。夢のような時間でした。ヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスは『日本民謡集』の「さくら」がお気に入りで、演奏会で何度も歌ってくれたそうです。2005年、彼女はその名の通りángelになり、天に還っていきました。M先生は今も元気でバルセロナ音楽界の重鎮として活躍されています。三樹子さんは昔と同じように、私が疲れているとバルセロナから温かい励ましのパワーを送ってくれます。今年の春は、満開の桜を彼女と一緒に見ることが出来ました。二人にあらためて深い感謝を捧げたいと思います

最終回にあたり、読者のおひとりがメッセージを寄せてくださいました。「あなたと一緒にバルセロナの街を探検しているような気持ちで読んでいました。終わってしまうのは寂しいです」と。私も同じ気持ちです。お別れするのはちょっぴり寂しいです。でも最後は、やはりスペインらしく明るくまいりましょう!皆様、またいつか、どこかで
¡Muchísimas gracias y hasta pronto!

  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2013年04月号(No.150)』に掲載されたものです