今年はとピョンピョン前進あるのみ〜〜
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スペイン語翻訳通訳
Instituto de Traducciones de Tokio
Sonríe y mejora tu idioma.

初めて受信される方へ

「塾maga」 Año XII No. 124  (02月号) 2011/02/28

お知らせ 

 

サンチェス先生の講演会
"Cómo aprendí mi quinta lengua, el japonés"
第52回定例会 日西経済友好会 (日西クラブ)
2011年3月29日 (火) 開場18:30 東京東銀座
スペイン語学習者にも大いに役立つ講演です
非会員参加費:4,000円

ご興味のある方ご一報下さい

 

 「谷 めぐみ」の "Hola! バルセロナ"すぐ読む

 「海ちゃん-II」すぐ読む

 yossieの短編小説「Waltz In BLACK すぐ読む

 「スペイン語でおやじギャグ」 すぐ読む

 「スペインの慣用句」 (第222回)(最終回) すぐ読む

 
連載読み物   
 

「今月の短文翻訳 (1211-1220)」 すぐ読む

 

 HP上の連載読み物などはすべて更新済みです  

今月の短文翻訳 (対訳) 海ちゃんシリーズ シーズン-II (対訳) 西和対象過去の短文翻訳 スペインの慣用句
Hola!バルセロナ 谷 めぐみのHP ネット上の「塾maga」 スペイン語圏関係の新刊本紹介
Japónさんと支倉さん Chistes de mi tío Chistu e-Tenの「よくある質問集」 悩みの相談室
ネット上の情報が最新情報です ご注意下さい 最新ページが見られない場合はあなたのPCのブラウザの「更新ボタン」を押してネ!!

快挙!! 現役塾生が字幕スーパーを担当した映画 『悲しみのミルク』 4月公開!!


原題:
La teta asustada
2008年/ペルー/スペイン語・ケチュア語/1h37/35mm
監督:クラウディア・リョサ
出演:マガリ・ソリエル、スシ・サンチェス、エフライン・ソリス、マリノ・バリョン
第59回ベルリン国際映画祭金熊賞
第10回東京フィルメックス上映作品
2010年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

2011年04月02日(土): 東京渋谷・ユーロスペース  予告編をご覧になりたい方はココをクリックして下さい
2011年04月23日(土): 川崎市アートセンター  こちらも見てね  こちらでも予告編を見ることができます
ほか、全国で順次上映される予定ですので、上記以外にお住まいの方は注目していて下さい

さてこの映画の字幕スーパーは、小塾の現役塾生「林 かんな」さんが訳されました
塾magaの愛読者で映画好きな方は、もうきっと何本か、彼女が訳した映画をご覧になっておられるかも知れません
とにかく一度見るべし!!!つまり、必見!!の映画です
今世界中がテロの恐怖に脅かされています
ペルーでは、多くの国民、特に、田舎に住む何の罪もない一般民衆が、すでに60年代からこのテロの被害者であり続けていました…
覚えておられるでしょうか?テロ集団「センデロ・ルミノソ」を…
スペイン語を勉強している人なら、原題が「
La teta asustada」なのに、そして映画の中では「恐乳病」と訳されているのに、なぜ邦題が「悲しみのミルク」なのか?と不思議に思われるかも知れません
その答えは、映画を見て頂ければ、自ずと分ることでしょう……
そして更に、「なぜこの文脈で
[papas]をそのままの直訳『じゃがいも』と訳しているのだろう?」と訝しく思われるかも知れません…
しかしその答えもまた、物語が進むにつれて徐々に分かってくると、もうそれはあまりにも悲しく、いたたまれない気持ちにかられます。しかし、最終的にあなたの目を覆うのは涙ではありません。それは、テロへの、そしてそうしたテロが横行するようになった時代と政治に対する、怒りの炎です…
 
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(2)

塾頭の新イラストがネット上に???


小塾HPの講師紹介のページの塾頭のページには『奇妙な塾頭のイラスト』が掲載されていることはみなさまよくご存じですが、ウワサだと、この度更にもう一点『へんてこりんなイラスト』が加わったらしいです
しかもそのイラスト、本当に塾頭なのか?はたまた別人のイラストなのか?というのは誰も知らないというのです
もしこのナゾを解明された方は、是非ともご一報下さい
なにか良いことがあるかも知れませんヨ!!
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(3)

キサス・タンゴ "Quizás Tango" のご紹介


「キサス・タンゴ」は、2005年「Tango Japan 1st Stage」の公演を機に、結成されたタンゴトリオで、2006年には、コントラバスを加えた4重奏団です
古典タンゴからピアソラの原題タンゴ曲までをレパートリーとし、都内でのライブ公演を中心に、タンゴを広める活動を行っています
2010年には、タンゴの故郷アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにて、歌手フェデリコ・マリアーノ氏とも競演するなど、本拠地でも好評を博しました
Bandoneón:池田 達則 Violín:瀬尾 鮎子 Piano:深町 優衣 Contrabajo:大熊 慧
ライブ:
2011年03月27日(日) 12:00(開場) 13:00(開演) ミュージック・チャージ=2200円
場所:中目黒「楽屋」(Dinning Bar & Live Music)
「キサス・タンゴ」の公式サイトはこちらへ==>>
コンサート:
キサス・タンゴ 5th Anniversary Live !!!
2011年07月24日(日) 13:30(開演)
会場:東京・内幸町ホール
チケット予約メール
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(4)

2010年度の通訳案内士合格者「83%」を達成!!


2010年に小塾から受講された塾生の83%が、この度 めでたく二次試験に合格され、晴れて正規の「通訳案内士」となられました
合格されたみなさま、本当にオメデトウございました!!
この合格率は過去最高の記録でした!! 
(/^ロ^)/ \(^ロ^\)
これは小塾の「通訳ガイド講座」が定着してきたことを物語っているのかもしれないと、勝手に喜んでいます
合格者のみなさんは、それぞれすでに様々な協会に加入し、研修に励むなどして、ガイド業務開始に向けて頑張らずにガンバッておられるようです

そして、今年度の受験に向け、新たな挑戦も始まっています
本日、2011年02月28日(月)19時〜のオリエンテーションを皮切りとして、8月末までの6ヶ月間に、毎週平均2クラス(「翻訳」と「日本事象」)を学ばれることになっています
尚このコースへの参加は、随時可能で、いつからでも開始できます
ご興味のある方は、今からでもまったく遅くありません 一度ご連絡を
詳細は以下のページでご覧下さい
入口ページ 日本事象ページ 翻訳対策ページ 作文対策ページ 語彙対策ページ 文法対策ページ 模擬試験ページ 授業料ページ@ 授業料ページA
参照:いまさらなぜ通訳ガイドか? 2006〜2010過去問解答例付ページ 通信での在宅学習は常設にて実施中
授業参観も受け付けております。まずはお問い合わせ下さい
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(5)

33人 チリ落盤事故の奇跡と真実


タイトル:『33人 チリ落盤事故の奇跡と真実』 出版社:主婦の友社  価格:1,575円
詳細はこちらまで==>>>

4名の方が翻訳を担当されましたが、そのうちの2名が小塾の『内田 兆史とラテンアメリカ文学を訳す』クラスの塾生さんである「大纒 玲子」さん(2003年入塾)と「真砂 冬愛」さん(2005年入塾)です
ご両人は、いわゆる、「お母さん塾生」で、子育てをしながら勉学に励み、またその傍らでこうした翻訳のお仕事もされているという、『塾生の鏡』とも言える優秀な塾生さんたちです
小さなお子さんを育て、家事もやり、翻訳の仕事もし、そして、己のの能力に決して傲ることなく更なる精進を続ける
よほどの精神力と、スペイン語翻訳に「愛を感じて」いなければなかなかできることではありません
誰でもがまねをできることではありませんが、しかし、少なくとも、大きな勇気を与えて下さいました
オメデトウございます!!!と申し上げますと共に、これからも他の塾生たちの目標として輝いて下さることをお願いします
むろん、こうした素晴らしくもありまた頼もしくもある塾生は彼女たちだけではありません
以前にも何度かこうした例をご紹介して参りましたので、ご記憶にあるかも知れません
こちらをご参照下さい===>>>
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(6)

快調!!Hola! バルセロナ  (谷 めぐみの歌修行) 作:谷 めぐみ   No.27
 

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バルセロナとマドリードでは街の雰囲気がまったく違う。別の国にいるような気がした。そして寒い。友子先生のお弟子さんのピソには、テーブルの下に暖房機を置き、それを布でスッポリ覆う日本のコタツのようなものがあった。それでも部屋は冷え冷えとしている
I氏と面会した翌日、氏が参加しているツアーの方々と一緒にマドリード名所めぐりをすることになった。プラド美術館ではベラスケスやゴヤの名画を鑑賞。かの『ゲルニカ』にもお目にかかる。日曜朝のカタルーニャ美術館通いのおかげで、私は絵画鑑賞の恐怖から解放されていた。いやそれどころか、絵を観ることが楽しみになっていた。いいなぁ、と思う絵に見入っていると「立ち止まらないでください!」すかさずツアー添乗員から突っ込みが入る。アララ…。次の絵、その次の絵、と観ていくうちに思わず足が止まる。「そこの方、遅れますから先へ進んでください!」また添乗員の突っ込みだ。コワい、コワい…。レティロ公園では、全員整列して修学旅行のような記念撮影。公園を巡回中の素敵な制服を着たセニョールを見つけたI氏が「あの人と写真を撮れたら良い記念になるんだけど」と言うので、「お願いしま〜す」と声をかけ、パチリと一緒にカメラに収まってもらう。「谷さん、スペイン語が話せるじゃないですか!」I氏はしきりに感心している。「写真お願いしま〜す」くらい、誰でも言えるよね
「夜はサルスエラに行きましょう」I氏は張り切っている。「時間調べも切符を買うのも、全部お任せしましたよ」そうか。私はI氏の自由行動専属ガイドというわけか。夕方、軽く食事を済ませ、劇場へ出かけた。席に着くと、斜め向い席の少女がジーッとこちらを見ている。私が笑いかけるとサッと目をそらし、また、うかがうようにこちらを見る。はにかんでいるのではない。表情がどこか引きつっている。隣にいる母親に話しかける声が聞こえてきた。「ママ、あの人、どこの国の人?」「中国か日本でしょ」「フ〜ン」…やがて開演。舞台では古き良き時代の人情話が繰り広げられる。歌の合間の風刺のきいた台詞に私が思わず吹き出すと、くだんの少女は目をまん丸にして母親に言った「ママ、ママ、中国か日本の女が笑っている」「そんなはずないわ」「ホンとよ。ほら、見て」私を指差す少女。「シ!黙りなさい。そっちを見ちゃダメ」わざとらしく叱る母親も母親だ。まるで化け物でも会ったような眼差しで、こちらをジーッと見る。あの態度は何だ?東洋人に嫌な思い出でもあるのだろうか…?終演後、何とも言えない気分で劇場を出た。念願のサルスエラに大満足、「あの女の子、可愛かったですね」と、上機嫌のI氏。あえて説明することもない、と、黙り込む私…
トレドへのツアーにも同行した。迷路のような細い路地、天に昇るキリストを描いたエル・グレコの絵、繊細な彫金、ゆったりとしたタホ河の眺めetc。エル・グレコは、己が求める“赤”を表現するために、鳩の生き血を使ったそうな。まさに中世にタイムスリップしたような街並み。ついフラフラと歩き出すと「列から離れないでください!」すかさずガイドの突っ込みが入る。そうだ、ツアーは続いているのだ。「お土産はこの店で買ってください!」「時間に遅れないでください!」「出発です。全員そろいましたか?!」マドリードに帰り着くまで、ガイドの連呼は続いていた
I氏最後の計画は「アランフェス宮殿」である。決行の日はガイドと称する青年ならぬ中年のオジサンがついて来た。I氏が日本のお惣菜を出す食堂で知り合い、「アルバイトをさせてあげることにした」とのこと。マドリードに住んで十年、按摩師をしているという。「アランフェスなら任せてください」と自信満々だが、どこかうさんくさい。「どの国にも彼のような人がいるんですよ」I氏がわけ知り顔でささやいた
(つづく)
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(7)

"Waltz In BLACK" Autora: yossie  No.05
 

..その2
 鳥の声と共に目覚め、昼間は家の周りの森を歩き回る。夜にはランプの下で本を読んで、早めに眠った。一日じゅう、誰とも口を利かない日もあるが、毎日がとても新鮮だった。
 そんな、ある日のこと。いつものように散歩をしていた彼は、ガサガサと動くものに目を留める。近づいてみると、粗末な罠に、一匹の狐が脚を挟まれていた。
 どうしたんだろう……? 村には、猟師などいないはず。多くの家で鶏や豚を飼っていて、獣を獲る必要などないのだ。それにこれは、素人の細工だ。きっと他の村か、あるいは都会の者が、何か獣が獲れるのではないかと考えて、仕掛けて行ったのだろう。そこへ通りかかった運の悪い狐が、生まれてこの方、罠など見たこともないものなので、簡単に引っかかってしまったと考えられる。
「今、外してあげるからね」
 落ち着かせようと考えて手を伸ばし、撫でてやろうとしたが、その狐は牙を剥き、彼の手を噛んだ。
「痛っ……」
 驚いて一度は引っ込めたけれど、相手は獣だ。腹を立てる方が間違っている。服の袖で手を庇い、わざと噛みつかせたままで、罠を外してやった。傷めた脚を縮め、歩き方も危なっかしいのを見て、素早く抱きかかえ、家に連れていく。狐はじたばたと暴れたが、何日もあの場にいて弱っていたらしく、そのうち大人しくなった。
「良い子だ」
 手当と言っても、消毒して薬を塗る程度しかできない。だが幸いに、骨には異常ないようだ。他の場所にも、怪我は見当たらない。
「そういえば僕は、医者の卵だったんだ。君は最初の患者だね。……最後かも知れないが」
 狐には意味が分からないだろうが、楽しそうに言って笑う。食べるものといったら、脱脂粉乳と乾パンしかない。試しにふやかして与えてみると、狐は少しだけ飲みこんだ。
「うん。何でも食べるのは良いことだ。早く元気におなり」
 数日で傷は塞がり……、やがて、狐は姿を消した。

 朝の散歩から帰ってくると、戸口の前に、実の付いた小枝が置いてある。
「何だろう?」
 不思議に思ったが、折れた枝が風で飛んできたのかもしれない。拾い上げてガラス瓶に挿し、卓の上に置いた。食べられるものかどうか調べる間、飾って置こうと思ったのだが、熟した甘い香りに誘われて、結局は口に入れる。
「不用意だなあ、僕も。……だが、まあ良いか」
 山の木の実で、命を落とすこともあるまい。それに、万一のことがあったとしても……。寂しい話だが、迷惑をかける者も、大していないのだ。
 次の日には、どんぐりが置いてあった。これは、このままでは食べられそうにない。それでも、もしかしたら狐の恩返しかも知れないと思えば、楽しい。
 そして、その翌朝。早く起きて待ち伏せしていた彼の目に、一匹の狐が映る。
「やあ、お早う」
 急に声をかけられ、驚いた狐は飛び上がり、咥えて来たものを落した。今日はどうやら、野ネズミのようだ。あまり有難くない。
「ごめん、ごめん。悪かったね。だけど、お礼を言いたくて待っていたんだよ。……おいで」
 呼び寄せて、傷跡を確かめてみる。痛々しい跡はあったものの、傷自体は治っていた。
「うん。化膿もない。大丈夫だ」
 首の横を撫でてやれば、大人しくしている。可愛いものだと思う。
「気持ちは嬉しいけど、君と僕では食べられるものが違うんだ。君が元気になって、ときどきでも顔を見せてくれれば、それでいいよ」
 言っていることが分かるのか、狐は神妙に座って、尻尾を揺らしていた。もう一度撫でてやろうと手を伸ばしたとき、急に身体を固くして、後ずさる。
「どうしたんだい? ああ、これか」
 最初に噛みつかれた傷跡が、手のひらにうっすらと残っている。狐は申し訳なさそうに、そこをぺろりと舐めた。
「君の脚ほど、大きな傷じゃないし。きっとそのうち、消えてしまうさ。何でもないよ。……そうだ、これが消えたかどうか、毎日様子を見に来ると良い。わかったね」
 狐はぱさぱさと尻尾を振り……、そして、去っていく。だが言いつけ通り、それから毎朝、姿を見せるようになった。
 互いに、何をする訳でもない。第一、会話も成立しない。彼が一方的に話しかけ、狐は黙って聞いていた。触れても、もう逃げはしない。僅かな時を過ごし、そして、去っていく。山の生き物と親しくなれたような気がして、彼は嬉しかった、のだが……。

 あるとき、散歩の足を延ばして、少し遠くまで出かけてみた。まだ日も高いし、方向も見失ってはいない。知らぬ場所に出てしまったが、何の問題もなかった。それでも、数匹の獣が走ってくる気配に、彼は身を隠す。こちらに害意はなくても、気づかれぬに越したことはない。人間の姿に驚いて混乱したり、あるいは防御のために、襲いかかってくる可能性もあるだろう。
 やってきたのは、狐だった。追いかけっこでもしているのかと微笑ましく思ったくらいだが、どうも、一匹を他のものが排斥しているらしい。近寄れば唸り、威嚇のために飛びかかろうとする。逃げればまた、もっと向こうへ行けとばかりに追いかける。どちらにも怪我はないようだが、縄張り争いだろうか?気の毒なものだとも思いつつ、ふと、追われているものの脚に気づいた。遠目でも見える傷跡は……、いつもの狐だった。そのうちに、しょんぼりと尻尾を巻いて、逃げていく。
 しかし、翌朝も狐は彼に会いに来て、どこにも変わった様子はなかった。自然の営みに、人間が首を突っ込むべきではない。可愛い動物が遊びは来ては欲しいが、面倒事には関わりたくない……、ということを、都合の良い言い訳にすり替えて、男も、何も言わなかった。

「今日は里に出かけなくては」
 出かける支度をしながら、彼は狐に話しかける。
「そろそろ財布も心細くなってきたのでね、為替を頼んでおいた。郵便局に行って、帰りに何か買ってこよう。油揚げでいいかい?」
 山の狐には意味不明の言葉だが、彼が楽しそうなので、狐も尻尾を振った。だが、この日の出来ごとが、一人と一匹の生活を変えてしまう契機となる。
「通信欄に、『ジヨウキヨウサレタシ。レンラクヲコウ』って書いてありますよ」
 上京されたし。連絡を乞う、だろう。
「葉書を一枚、貰えるかな」
 今しばらくはこの地を離れる気はない旨を簡単に書きしたためて投函し、すぐに忘れてしまう。いくばくかの現金を得たので、日持ちのする食糧などを買い求め、彼は家に帰った。大人しく待っていた狐に言葉をかけ、また、元のような暮らしに戻る。
(つづく)
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(8)

¿ ¿ ¿ ¿ ¿ ¿ ¿ スペイン語を駆使した言葉遊びのコーナー ? ? ? ? ? ? ? 45
 

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    おらぁ眠いからネルーダ
    オイ、誰だ?そんなことを言っているのは?
    はい。Pabloです
   
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(9)

=== 海ちゃんとマリアーニョの猫の額スペイン語広場 === (シーズ ン-II)
Rincón del Español Variopinto de Umichan y Mariaño
 (22) - Temporada II - 
 

Temporada I

¿Por qué los bebés son tan monos?
どうして赤ちゃんは可愛いの?
Temporada II
Mariaño: ¡Hola, chicos! Hoy quiero plantear una cuestión, ¿Por qué los bebés son tan monos y adorables?
 
マリアーニョ:ねぇ、みんな、どうして赤ちゃんはあんなに可愛いいのかにゃ?
Umi-chan: Será porque son pequeños. Parece ser que la monada de los bebés está relacionada con su pequeño tamaño, lo que nos hace sentir el deseo de abrazarlos y cuidarlos.
 
海ちゃん:小さいからじゃないかにゃ。可愛いって、小さいことと関係があるように思うにぇ。小さいと、抱っこしたり世話したりしたくなっちゃう
Director: Umi-chan, hoy eres bastante razonador. Yo creo que todo lo nuevo es bueno. Si compras un coche nuevo, nuevo de verdad, no de segunda mano, tendrás cariño por él. Los huevos recién puestos están muy buenos para comerlos con arroz recién cocido. Bueno, me refiero a la forma de comer el arroz con huevo batido con un poco de salsa de soja, “tamago kake gohan”. Un texto recién escrito es bueno porque tiene información reciente. Dijisteis el mes pasado, “Los cachorros son tan monos que nos los comeríamos”. Las comidas recién preparadas están deliciosas. Lo delicioso es agradable. Los recién nacidos son tan pequeños, suavecitos, blandos y bonitos que son una delicia.
 
塾頭:海ちゃん、今日はけっこう論理的だね。小生、思うに、なんでも新しいものはいい。中古じゃなくて、新車ね。新車をかったら愛着わくし。産みたての卵はちょっと醤油をたらして炊き立てのご飯と食べるとうまいし。つまり、卵かけご飯のことだけど。書きたての文書は情報が新しいので良い。先月、君たちは「子猫があんまり可愛いので食べちゃいたいぐらいにぇ」って言ってたでしょ。出来立ての食べ物はおいしい。おいしいのは気持ちがよいこと。生まれたての赤ちゃんはあまりにも小さくて、すべすべで、やわらかくて、可愛くって、うっとりしちゃうんだよ
Mariaño: Lo que dice el Director siempre es complicado y retorcido. Ahora bien, yo creo que es por naturaleza, ni más ni menos, lo que Dios ha decidido. Así de sencillo. Si no son monos y adorables, no pueden recibir los cuidados que necesitan para vivir. Si no, mueren. Son unos pobrecitos.
 
マリアーニョ:塾頭はいつもややこしくって回りくどいんだにぇ。それはさておき、僕が思うに、それは自然の摂理ってだけのことにぇ。神の思し召し。可愛くないと世話してもらえなくて、世話してもらえないと死んじゃうかわいそうな存在にぇ
Autora: “Kawaii”, es una palabra japonesa que corresponde a ese sentimiento que siente uno por los bebés. Y hay otra palabra fonéticamente parecida a esta que es “kawaisou”. Dicen que estas dos palabras, de diferente significado pero tienen algo en común, se remontan a un mismo origen. Uno tiende a sentir “kawaii” o “kawaisou” por los débiles o los pobrecitos.
 
アウトーラ:その赤ちゃんに感じる感情をあらわす日本語の単語に「可愛い」があるわね。それから、「可愛い」に音が似ている単語に「かわいそう」があるの。この二つは意味が違うけど、ある意味似た部分もあって、語源が同じだと言われているの。「可愛い」と「かわいそう」は普通、弱いものやふびんなものに感じるわね
Mariaño: Así pues, yo que tuve una mirada tan triste y pobrecita en la foto del mes pasado, soy super mono y adorable y no podéis sino cuidarme con afecto, ¿verdad?
 
マリアーニョ:そう、だからにぇ、先月号でかわいそうな目つきをしていた僕ちゃんなんか、超可愛いくって、優しい気持ちでお世話したくなっちゃうわけにぇ
Todos: ¿Por qué siempre te vas por ahí?
 
全員:どうしていつもそういう話になるんだろうにぇ〜
今月のポイント
「可愛い」ってことばは、スペイン語では相当する単語が多すぎるので、その時々の意味に合わせて使いわける必要があります。どんなときに「ちょーかわいーっ」とかって思うのか、それがどのようなニュアンスで「可愛い」のかを、自分なりにまえもって分析しておくと訳すときも楽かも…と思います
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(10)

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スペインの慣用句 == (第222回)(最終回) ==

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バックNoはここから

そう。そう言うことである
ゾロ目の回というか
[Capicúa]のこの回を、シリーズ最終回にすることは実に自分らしい、いや、相応しいかもしれない…
思い起こせば、実に長きにわたってこのコーナーを書かせて頂いた
デビュー?(初回)は、塾
maga(当時は「e-yakuニュース」と呼ばれていた)の第16号の2002年だったから、丸々9年と言うことになる
その時もまたやはり、2月だった
つまり、今回の最終回2011年2月の慣用句は、2002年2月から数えて222回目ということになる
当時は、やる気満々の勢いで、一回に6つも7つもの慣用句を紹介していた
その後何年かが経ち、徐々に一回=一個の慣用句に落ち着いていった
そして今回がその「222」個目の慣用句と言うことになる
寂しい気がしないでもないが、ネット上から完全に消え失せてしまうのではないらしいし、実際にはその逆で、222個の慣用句が、近い内にアルファベット順などの分かり易い、検索しやすいスタイルでネット上に再登場すると聞いた。もっとも、いつかから?と言うことまでは聞きそびれてしまったが…
ともあれ、実にめでたい
小生はずっと以前からそのようなシステムにすれば、学習者が便利になるから…と言い続けてきたからだ
いや〜メデタイ、メデタイ。「それが完成すれば、大いに自慢にもなるし、仲間に見せびらかせることもできる。いやそれだけではない、大いに着飾って、晴れ着などを着ても良いかもしれない。特別な講演会か催し物だって開けるかもしれない」
と言うわけで、この最終回の慣用句は、この前の「 」内で表現したニュアンスを含意する
[gala]と、その慣用句[hacer gala de]である
皆様とお別れするのは辛いが、塾
magaも、これを書き始めた当時とは異なり、今は、「海ちゃん」やら「谷さん」やら「ヨッシー」さんやらが紙面を賑わしてくれているようだ
よって、
[Los viejos soldados nunca mueren, simplemente desaparecen.]と言うわけだ

  例-1)
El primer modelo europeo de la marca automovilística nipona hace gala de un completo equipamiento y unos precios realmente competitivos.
      (日本の自動車メーカーのその車種は、完璧な装備と競争力ある価格で欧州で鮮烈なデビューを果たした)
  例-2)
A la función de gala de esa noche asistió el presidente de la nación.
      (今夜の特別な催し物に大統領が出席した)
  例-3)
Él llevaba aún su traje de gala o se lo había vuelto a poner.
      (彼は晴れ着をまた着直したのか、はたまたずっとそのままだったのか、いずれにしても彼は晴れ着を着ていた)

毎回お読み下さった方、時々お読み下さった方、一度でも読んで下さった方、すべての皆様に心より御礼申し上げる
(文責:
ancla)
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(11)


今月の短文翻訳
(1211-1220) 2011年02月末更新分はこちらでも見ることができます
 

バックNoはここから

1211 1) La iniciativa de ayudar a las personas que se encuentren en un estado de necesidad económica, fue propuesta por una ministra de un país miembro de la Unión Europea.
    経済的困窮状況にある人々を助けようと言うイニシアティブは、欧州連合のある加盟国の女性大臣による提唱だった
1212 2) La iniciativa de ayudar a las personas que se encuentren en un estado de necesidad económica, la tuvo una ministra de un país miembro de la Unión Europea.
    経済的困窮状況にある人々を助けようと言うイニシアティブを採ったのは、欧州連合のある加盟国の女性大臣だった
1213 3) Una ministra de un país miembro de la Unión Europea presentó una propuesta para ayudar a las personas que se encuentren en un estado de necesidad económica.
    欧州連合のある加盟国の女性大臣が、経済的困窮状況にある人々を助けるための議案を提出した
1214 Cuando hay más de cuarenta mil modelos de televisor extraplano en las tiendas de electrodomésticos, uno duda sobre cuál elegir.
    数え切れないほどの(4万もの(*注))薄型テレビが電気店に並んでいれば、誰もがどれを買えばよいのか迷ってしまいます (注:ラテン系独特の大げさ表現で、数は人によって様々だが、意味は「一杯・沢山」)
1215 1) La pancarta que decía, “La paz y el desarme”, era sostenida por los dirigentes de los partidos y organizaciones sindicales.
    『平和と武器放棄』と書かれたプラカードは政党と労働組合の指導者たちが掲げていた
1216 2) La pancarta que sostenían los dirigentes de los partidos y organizaciones sindicales decía así;: “La paz y el desarme”.
    政党と労働組合の指導者たちが掲げていたプラカードには、『平和と武器放棄』と書かれていた
1217 3) La pancarta era sostenida por los dirigentes de los partidos y organizaciones sindicales y ahí decía: “La paz y el desarme”.
    プラカードは政党と労働組合の指導者たちによって掲げられていたが、そこには『平和と武器放棄』と書かれていた
1218 1) Los expertos señalaban hace medio siglo que nos quedaba petróleo barato para unos cien años aproximadamente.
    半世紀前に専門家たちは、約100年は安価な石油があると指摘していた
1219 2) Los expertos señalaban ya hace medio siglo que se nos agotaría el petróleo barato en unos cien años aproximadamente.
    すでに半世紀前に、専門家たちは、100年ほどで安価な石油は底を尽くだろうと指摘していた
1220 3) Los expertos ya señalaban hace medio siglo que ya no nos quedaría petróleo barato antes de unos cien años aproximadamente.
    半世紀前に専門家たちは、100年ほどで安価な石油はなくなるだろうとすでに指摘していた

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(12)

=== FE DE ERRATAS  <<(_ _)>> ===


とりあえず今回は塾magaでのミスはないようです。よかった。ホッ
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