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スペイン語文法 番外編 (第一編)

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Monólogo de un pasota == Serie III -15- ==
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第三編 『スペインの慣用句』 (その十五)

      前回に引き続き人間や人(同じ?)自体をテーマにした慣用句をご紹介しよう。前号から、メルマガ全体の『容量増加』の煽りで、1回にご紹介できる数が半減しているがご了解願いたい

1. 『no hay tu tía』
      またもやなにやら訳の分からないものが出てきた。「君のおばさんはいない(ない)」???ときた。しかも、これは文法上好ましい文章ではない。まあ、もっとも、「事実は小説よりも希なり」で、文法があって言葉が存在するのではなく、その逆なのだから、現実には何でもあり、というわけだ。さて、それはともかく、この慣用句の意味は?まあ、意味から入るよりも、文法的にも変なこの慣用句の謎から迫っていこう

      元々この慣用句は、《no hay atutía》だった。...と言われても、《atutía》なんて単語はどの辞書をひっくり返しても載っていない。それもそのはず。この単語は今はもう完全に使用されていない死語中の死語だ。その他多くの言葉同様、《a》から始まる単語はアラブ起源のものが多いが、これもその一つで《at-tutiya》が語源である。《atutía》とは、酸化亜鉛で作られた軟膏のことを言ったらしい。しかもこの塗り薬には、傷を治すという効用のみならず、どうやら解毒剤のような効能もあったようで、いざというときには大変重宝なものであったという。つまり、これがあれば鬼に金棒というわけだ。逆に言えば、当時はこれがないとどうしようもなかったのだろう。よって、この慣用句の意味も『どうしようもない・打つ手がない』ということになる。因みに、勘の良い人ならもうお気付きだろうが、長い歴史の流れの中で、この《atutía》が《ha(y) tu tía》に変化したというわけだ

      例) Me dicen que no me dan la beca que no hay tu tía.
            (奨学金は僕にはくれないそうだ。万事休すだよ)

2. 『tener un tío en América』
      「おばさん」の後には「おじさん」?しかも、今度はアラブではなくアメリカ?「アメリカにおじさんをもっている」ときたが、「おじさんはアメリカに住んでいる」というわけだ。但し、このアメリカというのは、朝鮮半島・ベトナム・イラクと、次々と他国干渉をし続け、戦争の度に自国民を大量に無くし、それを補うために毎年100万人単位で移民を受け入れている(戦死者予備軍の生産)あの戦争好きな国を指しているのではなく、アメリカ大陸全体、特に、中南米諸国を指している

      もっとも、残念ながら、現在の中南米だと、おじさんであってもおばさんであっても、どんな親戚がいても大して嬉しくもないのだろうが、その昔、現在の中南米諸国がスペインの植民地であった頃。金銀財宝がスペイン人の手によって掘り出され、どんどんヨーロッパに運ばれていた時代であれば、それがおじさんでもおばさんでも大いに頼りにしたかっただろう。そんなことから、この慣用句は、『(経済的に)大いに頼りになる』と言う意味だった。しかし、時代は変わるのです。前述のように、今はそうは問屋がおろさないわけで、今ではこの慣用句は完全に「皮肉」としての使用に限定されている。時代変われば慣用句の意味さえ変わってしまうという好例である

      例) ¿Por qué tienes tanto dinero? ¿Es que tienes un tío en América?
            (何でそんなにお金をもっているわけ?金の成る木でも持っているのかい?)

3.『como un solo hombre』
      「一人の(ある)男のように」と言われても、どの男なのかが明確でなければ、その男のようにはできないし、どうすればよいのかの想像もつかない。《hombre》は《mujer》に対抗する言葉ではあるが、スペイン語では「hombre=人」でもある。しかしだ、「男=人」なら「女=??」。これはもう、「mujer=女」でしかなく、《mujer》にはそれ以上の意味はない。日本の男尊女卑も有名だが、スペイン語は更にその上をいっているのだろうか?それとも、《hombre》は人にもなったり男にもなったりする優柔不断な言葉であるのに対し、《mujer》は揺るぎのないしっかりとした言葉なのだろうか?それならばこの慣用句は、「como una sola mujer」とすべきだろう。何故ならば、『一丸となって・一つにまとまって』と言う意味なのだから

      例) Cientos de miles de ciudadanos apoyaron a la política de Aznar como un solo hombre.
            (多くの市民が一丸となってアスナールの政策を支持した)

      今回はこの辺で終わりにしよう。次回は同じ人間シリーズでも、動作に拘わる言葉をキーワードにした慣用句をみてみることにしよう。ご質問やご意見をお待ちしている。(文責:ancla)

      以上は、本塾のメールマガジン『e-yakuニュースNo.33&34合併号(2003年08月末発行)』に掲載されたものです

 

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