谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その04 -

¡Hola! バルセロナ(04)

このピソの4階のオーナー壇氏には、出発前、これも初めての国際電話をかけ、バルセロナ入りする日を伝えてあった。空港から確認の電話をかけると(正確には、M先生が代わりにかけてくれた)、「お待ちしています」とのこと。とにかく着いた、のだ。エレベーターなど無い。小窓からボンヤリと明かりが差し込むだけの暗い階段を4階まで登っていった。ぎゅうぎゅうに荷物を詰め込んだ私の重いスーツケースは、当然のようにM先生が運んでくれている。「なるほど、西洋人とはこういうものか…」自らの窮地を忘れ、私は妙に感心した
招かれて中に入ると、日本人とスペイン人計七、八人が「誰だ、誰だ」という感じで、いきなり飛び出してきた。私達三人を取り囲んでもの珍しそうに眺めている。一種異様な雰囲気に私は驚き、立ち尽くしてしまった。M先生はまずスペイン語で、そしてチラッと私の顔を見て、今度は英語で「私はこの人の歌の教師だが、彼女はスペイン語を習いたいと言っている。何かよい方法をご存知だろうか?」と丁寧に尋ねてくれた。「それなら○○がいい」「いや、△△だ」彼らの中の日本人数人が、我先にと大声で、しかも日本語で喧喧諤諤騒ぎ出した。今度はM先生がポカンと立ち尽くしている。ようやくひと区切りついたところで、先生は私に「スペイン語の勉強については彼らのほうがよく知っているようだ。いい所を教えてもらいなさい。9月になったら連絡するように」と言いおき、奥様と二人で帰っていった。時は7月の終わり。歌のレッスン開始は夏休み明けである
壇オーナーが部屋に案内してくれた。木製の古びたベッドとクローゼット、それに小さな机と椅子がある。トイレ、シャワー、台所は共用とのこと。窓からは、隣の中庭が見える。なぜか卓球台があり、おじさんやお兄さんたちが茶色い小瓶(ビール!)片手にゲームに興じている。何とものどかな午後のひとときだった
「メグミさん、スープ食べますか?」ドアの外で呼ぶ声に目が覚めた。ベッドの上から卓球を眺めているうちに寝てしまったらしい。慌てて食堂へ出て行くと、壇オーナーと彼のスペイン人の奥さんが待っていた。テーブルの上には、お魚のスープとパン。お礼を言って食べかけた私に、壇オーナーがきっぱりと告げた「今日は着いたばかりだからスープを食べさせてあげる。だけどここは自炊。それなりの覚悟があってスペインに来たのだろうから、明日からは自分のことは自分でしてください。とりあえず食べ物は、明朝ウチの奥さんと一緒にメルカードへ行って買うように」スープを喉に流し込みながら、私はたまらなく悲しくなった。皿が空になるのが恨めしかった。これを飲んでしまえば、今夜の私には「食べるもの」が一切無いのである。それもこれも貴女の責任です、ということである。それなりの覚悟?そんなものが自分にあるのかどうか分からないが、とにかく明日は何が何でも食料を調達せねば、そう決意させてくれた壇オーナーの厳かな宣告だった
(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga
2008年11月号(No.97)』に掲載されたものです