===========================================
Hola Barccelona
===========================================
スペイン歌曲の歌い手
「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ"
- その07 -
¡Hola! バルセロナ(07)
週明け月曜日、イガグリ君が街中にある私立の語学学校へ連れて行ってくれた。彼自身が通って良かったから、とのこと。ピソから歩いて15分もかからない。レベルはもちろん初級、クラスは「月〜金・毎日3時間コース」を選んだ。とにかく言葉が出来なければ話にならない。歌のレッスンが始まる9月までには何とかしなければ…。トンチンカンな私もさすがに焦っていた
その日からさっそく授業が始まった。生徒は、オランダ人の大男とシリア出身の美人姉妹、それに私の計四名。担当教師はプレイボーイ風のアントニオ、それに実直、勤勉、どことなく二宮尊徳をイメージさせるミゲルの二人である。まずは全員の共通語、英語での自己紹介が始まった。アントニオは見かけどおり?港の方へ行けば安くて旨いバルがある、とか、「俺はいくつだと思う?」とか、好き勝手なことを言っていた。ミゲルは開口一番「サラマンカを知っているか?」と我々生徒に尋ねた。四人そろって「No」と答えると、彼は大げさに肩をすくめ、故郷サラマンカがいかに素晴らしい土地であるかを滔々と語ってくれた。彼ら二人の奥さんもこの学校の教師だという。次は生徒の番である。まずオランダ男が早口で何か言ったが、喉の奥にこもった発音のせいか、さっぱり聞き取れない。「別に、聞いてくれなくてもいいぜ」とでも言いたげな、ふてぶてしい態度が見て取れた。シリアの美人姉妹、今度は蚊のなくような声である。ショボショボと口を動かしているが、それが英語なのかどうかもよく聞き取れない。三人とも夏休みを利用してバルセロナに滞在しているとのこと。まぁスペイン語が少し話せたらいいな、程度の気分らしい
私の番が来た。「スペイン歌曲を勉強しに来た歌い手です」と言うと、私以外の五人全員が「Oh!」と声をあげた。美人姉妹は異星人でも見るように私を見つめ、オランダ男はニヤニヤ笑っている。ミゲルが困ったように「メグミは一体いくつ?学校はどうしたの?」と訊くので「大学を卒業してきた」と答えると、彼はますます目を丸くした。「こんな小娘がもう大学を卒業してる?しかも、スペイン歌曲を習うためにひとりでスペインへ来た?そんなバカな…」五人が、無言の会話をしている。アントニオが口を開いた。「歌手なら、Bésame muchoを知っているか?」「もちろん。でも私が勉強する歌はジャンルが違う」「じゃぁ何を歌うんだ?」「グラナドス、ファリャ、モンポウ、他にもスペインの作曲家の作品が沢山ある」「・・・」この日本人の言うことを信じようか、信じまいか、アントニオとミゲルが顔を見合わせた。シリア姉妹は飽きてオシャベリに夢中、オランダ男は「アホらしい」という顔つきで窓の外を眺めている。ミゲルが急にニコニコして言った。「分かった!メグミは人生の休暇を過ごしに来たんだ!バルセロナはおあつらえ向きの街だよ。楽しんでね!」「・・・」私は理解してもらうことを諦めた。もう何者と思ってくれてもいい。とにかく早くスペイン語を教えて!!と叫びたい気分だった
(つづく)
以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年02月号(No.100)』に掲載されたものです |
|