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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手
「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ"
- その10 -
¡Hola! バルセロナ(10)
新しいクラスは順調だった。しかし私はまだ直接スペイン語を理解することが出来なかった。頭の中で一度日本語に翻訳する作業が必要なのだ。話す時も同じである。まず日本語で考え、それをスペイン語に翻訳して口に出す。必死に暗誦している動詞の活用も臨機応変というわけにはいかない。悪戦苦闘が続いていた
9時から12時まで授業を受け、学校帰りにサン・ジュゼップ市場で食料を仕入れる。「誰が最後ですか?」と尋ねてから列に並ぶルール、おつりを足し算で数える店のおばさん達…。日々新たな発見があり、買い物は楽しかった。だが、いかんせんスペイン語と英語で三時間戦った後である。市場へ向う私は毎日放心状態、疲れ果てていた
ある日、いつものように市場近くの狭い道をボンヤリ歩いていると、いきなり向こうから来たセニョーラが叫んだ。「危ない!後ろから車が!」慌てて飛びのいた私の横を一台の車がすり抜けていった。間一髪である。お礼を言わなければ…。ところが動転した私は言葉が出てこない。真っ白になった頭で必死に単語を探す。だが、出てこない。焦り、うろたえ、そのあげくにやっと言えた。「Gracias」と
情けなかった。Graciasさえ出て来ない。一体いつになれば少しは目途が立つのだろう…。お先真っ暗の気分だった。両手に荷物を下げ、重い足を引きずりながらピソへ向って歩く。その途中、ふと先刻の光景が蘇った。耳に飛び込んできたセニョーラの声、とっさに飛びのいた私…。その時、私は、自分が翻訳をしなかったことに気がついた。セニョーラの叫びをスペイン語のまま理解していたのである。ハッとした。思わず立ち止まり、空を見上げた。もしかすると、私の耳と頭はスペイン語を捉えられるようになっているのだろうか?そう思った瞬間、周囲の会話が耳に勢いよく飛び込んできた。単語ひとつひとつが鮮明に聞こえ、何故か、そのまま意味が分かる。何が起きたのだろう?嘆く私を見るに見かねて、スペイン語の神様が降りてきてくださったのだろうか?この日を境に、私はスペイン語が恐くなくなった。いや、楽しくてたまらなくなったのである
「9月になったら電話するように」とM先生から言われていた。電話は苦手だ。身振り手振りも、ニコッと笑顔でごまかすことも出来ない。一度目の電話は英語だった。ここで勇気を出さねば…。私は決心して二度目の電話をかけた。相手が私と分かると、先生はすぐに英語で話し始めた。そこで宣言した「今日からスペイン語で話します」先生「・・・」不安がよぎったが、エイッとばかりに用件を述べ立てた。「・・・」やはり無言である。ダメだ、通じなかったのだ。何がまずかったのだろう?あんなに練習していたのに…。「私の言ったこと、分かりましたか?」おそるおそる尋ねてみた。一瞬の沈黙。そして、M先生は寛大にも答えてくれたのだ「パーフェクト!メグミのスペイン語にありがとう!」
(つづく)
以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年05月号(No.103)』に掲載されたものです |
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