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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手
「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ"
- その11 -
¡Hola! バルセロナ(11)
M先生のレッスンは10月から始まることになった。その前に引越しをしなければならない。我々歌い手の練習は、興味のない人にとっては、ただの悲鳴、騒音である。この古ぼけたピソ、しかもいわば共同生活の中で、思いっきり歌うことなど考えられなかった。マリア・ドローレスに聞くと、楽器店にはレンタルピアノがあるらしい。しかし木製の固いベッド、戸が閉まらないクローゼット、そして小さな机でいっぱいの今の部屋には、ピアノを置くスペースなどありはしない。ここの住民は「自分の始末は自分でつける」精神が徹底している。とても部屋探しを相談できる雰囲気ではなかった
私は、秘蔵の連絡先を取り出した。知り合いの絵描きさんが紹介してくれた三樹子さんという日本人の電話番号だ。スペイン人と結婚してバルセロナに住んでいる女性とのこと。「何か困ったことがあったら彼女に連絡しなさい。必ず助けてくれるから」と絵描きさんが言っていた。この人に相談するしかない。意を決してダイヤルすると「Hello!」受話器の向うから英語が返ってきた。「あの〜、私、日本から来た…」と、こちらが名乗るのを最後まで待たず、彼女は言った。「あぁ!メグミさんですね。心配していました。とっくにバルセロナに着いているはずなのに何も連絡が無いので…」どうやら絵描きさんが手紙を出しておいてくれたらしい。「今日までどうしていたの?毎日何をしているの?これからどうするの?とにかく遊びにいらっしゃい」と三樹子さん。お言葉に甘え、まずは、お宅にお邪魔することになった
翌日、市内の地図を網羅したGUIAを頼りに出発。15分ほど歩くと、私の居るゴシック地区とはガラリと雰囲気の違う町並みが現われた。どの建物も入り口は木の扉などではない。ガラス張りだったり、お洒落なデザインが施されていたり…。しかも必ず、部屋番号を記したブザーが付いている。私のピソにはそんなものは無かった。あるのは、とんでもない音で鳴り響く大きな呼び鈴だけ。帰宅して扉を開ける時は、鍵を微妙な角度で鍵穴に差し込み、これもまた微妙な力加減でグルリと回す。回し損ねると動かなくなる。「誰か、開けて〜!」と外から叫ぶしかない。大騒ぎだ。これが同じ街だろうか?約一ヵ月半の自分の生活が、まるで古い映画のワンシーンのように思えた
スペインでは通りの名前と番地が分かれば目指す住所は簡単に探せる。それらしき建物を見つけ、何となく躊躇していると、向うからベビーカーを押した長い髪の女性がやって来た。「メグミさん?そうよね!」と明るい声。三樹子さんだった。スペイン人の素敵なご主人と可愛いお嬢さん二人のご家族。どうしたものか、百年の知己のごとく、すぐに打ち解けた。私の事情を知り、彼女がさっそく部屋を探してくれることなった。親しく温かい心。久しぶりに緊張がほぐれた。もっと早く電話すればよかった…。しかし到着以来、ただ無我夢中。そんなことを考える余裕すら無かったのだ
ところで、私には、果さなければならない任務があった
(つづく)
以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年06月号(No.104)』に掲載されたものです |
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