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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手
「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ"
- その12 -
¡Hola! バルセロナ(12)
日本で師事していた友子先生は、毎年、毎年、海外へ出かけている。留学のご挨拶に伺った折、「フランスで知り合ったドイツ人のビルギットがバルセロナに住んでいるの。私からのプレゼントを届けてちょうだい」と、小さな包みを渡された。先生は、ちょっとそこまで、という感じで世界中どこへでも出かけてしまう。私の危機的状況などまるで想像がつかない様子だ。とっさに断ることも出来ず、包みを預かってしまった。これを届けなければならない。いささか気の重い任務である。レッスンが始まる前に済ませておきたかった
手元にあるのは住所だけ。電話番号は分からない。ある日の午後、私はGUIAを頼りにビルギットなる女性の家を目指した。山の手の方向へどんどん登り、行き着いた建物は予想もしない超豪華マンションだった。おそるおそる入り口に近づくと厳重なオートロックである。三樹子さんのピソにいたポルテロ(門番)の姿も見当たらない。試しにドアを押してみるが、もちろんビクとも動かない。怖いほど静かだった。ここで部屋番号のボタンを押したら…?私は考えた。誰かが出て「どなたですか?」と言うだろう。そこで説明しなければならない。「私は日本人の歌い手です。ビルギットという人はいますか?私の日本の先生がフランスで知り合ったビルギットさんへのお土産をお渡ししたいのですが…」過去の過去の説明は過去完了?全員がustedだから三人称?いや、こういう時こそ接続法…。無理だ、と思った。顔の見えないインターホン越しに、そんなややこしい説明をすることは不可能だった
諦めて帰りかけると、ひとりの紳士が坂を登ってくる。まさか、と思いつつ、何かがピーン!と閃いた。私は駆け寄り、尋ねた「Sr.ニルソンですか?」答えは「Sí」そこで私は、さっき考えていた内容を必死に述べ立てた。紳士は怪訝な顔をして聞いていたが、やがてその表情がゆるんだ。「あなたは幸運だ。今日は隣町に住むビルギットも来ている。さぁ入りなさい」なんと!偶然にも私は、大切な家族昼食会の日に行きあわせたのだ。突然現われた正体不明の日本人を、家族全員が大歓迎してくれた。ステーキ、具沢山の美味しいパエリャ、手作りのケーキetcお腹いっぱいご馳走になり、質問に答えて日本のことを話した。頼りない私のスペイン語でも、なぜか話がよく通じていた。肝心の友子先生のお土産は、金魚柄のガーゼのハンカチ二枚。あぁ!この偉大なるプレゼントのために私はあんなに悩んだのだ…
「ウチにも遊びにいらっしゃい。特製ピザをご馳走するわ」ビルギットに誘われ、私は週末、彼女の住む町へ初めてバスで出かけた。何度も確かめて乗ったのだが、どうも様子が変である。日本のように懇切丁寧なアナウンスは無い。仕方なく運転手に尋ねると、やはり行き先が違っていた。「お気の毒さま!」他の乗客に笑顔で見送られて?バスを降り、逆方向のバスに乗る。振り出しからまたやり直し。約束より二時間も遅れて着いたが、ビルギットは優しい笑顔で迎えてくれた。聡明な女性だった。「本当はお料理は得意じゃないの」と、ちょっぴり照れながら焼いてくれたピザの美味しかったこと!いまだに私の中ではNoº1一等賞!である
(つづく)
以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年07&8月合併号(No.105&106)』に掲載されたものです |
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