谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その14 -

¡Hola! バルセロナ(14)

翌朝一番にポルテロのおじさんを呼びに行った。昨夜の事態を訴えると「ほら、ここだ」と、アイロン台や掃除用モップが入った物入れの扉を開けて見せた。上の方にタンクがある。そしてコンセントの差込口。電気温水器らしい。「ここにコンセントを差し込まなければ電気が流れない。だから湯は沸かない。分かるか?」おじさんは威張って言った。それならそうと昨日説明してくれればいいのに…と抗議したい気持ちをグッと堪えて「Gracias」と答えてみる。おじさん、上機嫌である。張り切って、部屋中の電気製品の使い方をこと細かに教えてくれた。「分かるか?」がおじさんの口癖である。どうやら私を小学生の子どものように思っているらしい

ちなみに、この電気温水器のタンクはかなり小さめだった。コンセントを差しておいても、バスタブをいっぱいにすると湯は無くなってしまう。結局、水量を加減してシャワーを浴びるしかなかった。小さな冷蔵庫は中の電球がつかない。冷えてはいるが中が暗いのだ。おじさんに聞いても「そんなものだ」の一点ばり。洗濯機は備え付けが悪いのか、脱水になると、ブルンブルン音を立てて全身?を振動させ、前へせり出してくる。ポルテロの奥さんは「Está bailando(踊っている)!」と、自分も一緒に腰を振ってみせた。洗濯終了後、重い洗濯機を元の位置にぐいぐいと押し戻すのが習慣になった

その日の午後、レンタルピアノがやって来た。引越しの前にマリア・ドローレスと一緒に楽器店へ行き、配送の手続きを済ませてあった。「この店は確かだから大丈夫」という彼女の言葉を聞いて、なるほど大丈夫じゃない店もあるのか、と、私は妙に納得した。レンタル料は毎月口座引き落としになる

青い作業着のお兄さん二人がピアノをトラックから降ろし、玄関からロビーを抜けてエレベーターの前まで運ぶ。もちろん、そのままでは入らない。大きなかけ声とともにピアノを縦にして、無理やり積み込んだ。4階で降ろすのにまたひと苦労。やっと部屋まで運び入れた。額には玉の汗である。ポルテロのおじさんは「気をつけて運べ」「壁にぶつけるな」などと威張って指示を出し、私には「心配するな」と繰り返した。しかし見ていると、ピアノが縦になろうが横になろうが逆さまになろうが、まるで気にしていない様子である。これが大事な楽器だということをおじさんは分かっているのだろうか…

夕方、三樹子さん一家が様子を見に来てくれた。おじさんは、ピアノ搬入がいかに大変だったか、どれだけ自分が活躍したかを力説し、最後に「このniñaのことは任せておけ!」と胸をたたいた。やはり子どもだと思っているのだ。しかし、俺が守ってやるぞ、という感じ。悪い人ではないらしい

夜、リビングに鎮座したピアノのふたを開け、日本から持ってきた楽譜を載せてみた。「私はスペインの歌を勉強するのだ…」自分がバルセロナにいる理由を改めて思い出した気がした

(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2009年10月号(No.108)』に掲載されたものです