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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手
「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ"
- その19 -
¡Hola! バルセロナ(19)
何でも屋でも市場でも「誰が最後ですか?」と聞いて列に並ぶ。買い物の時だけではない。銀行でも郵便局でも音楽院の事務室でもとにかく並ぶ。並ばなければならない。スペイン人にとって、これは鉄の掟のようだった。最初の頃はそんなことを知らず、何となく誰かの後ろで自分の順番が来るのを待っていた。ふと気づくと、四方八方から冷たい視線が飛んでくる。何…?いたたまれない気分で突っ立っていると、怖い顔をしたセニョーラがきっぱりと言った「私が最後です。私の後ろに並びなさい。これは決まりです。貴女も守らなければいけません」老若男女を問わず、誰でもどこでも並ぶ。どんなに長い列でも文句を言う人はいない。皆じっと自分の順番が来るのを待つ。課せられたルール、忍耐なのだ
ところがある金曜日、閉店間際の銀行に駆け込んだことがある。窓口には予想通り長蛇の列。こういう時でもスペインの窓口担当者は決して急がない。あくまでも自分のペースで仕事を続け、時間が来たら、たとえ何人待っていようと平気でカーテンを閉めるのだ。お金を引き出さなければ週末に困る…私は祈るような気持ちで列に並んでいた。ふと見ると、VIP窓口担当のおじさんが私に何か合図を送っている。「来い、来い」という感じである。「エッ?」と目で問い返す。やはり「来い、来い」である。よし、と意を決し、私はまるで当然のごとく列を離れ、さっそうと?VIP窓口に移動した。おじさんは私の通帳を開き、すぐに現金を渡してくれた。ものの一分もかからない。「Gracias」「De nada」優雅に挨拶を交わし、銀行を出る。一般の窓口にはまだ沢山の人が並んでいた。が、あまりにも堂々とした二人の演技を怪しむ人は誰もいなかった。¡Viva掟破り! それにしても、今もって分からない。よれたTシャツにジーンズ、どう見てもVIPにはほど遠いスタイルの私を、あのおじさんはどうして呼んでくれたのだろう?
この日慌ててお金を引き出したのには理由があった。スペイン語クラスの後で、ピーターが「週末、泳ぎに行こう!」と言い出したのだ。イーヴォもエレナも乗り気である。“地中海で泳ぐ”こともあろうかと、私も秘かに日本から水着を持ってきていた。「シッチェスが有名だけど、混んでいるかしら」エレナが呟くと、ピーターが言った「今、なぜ泳ぎに行こうと考えるか。それは僕らがスペインより北の国の人間だから。Somos extranjeros(我々は外人だ)!僕らにとってまだ地中海の水は温かい。十分泳げる。けれどスペイン人にとって今はもう秋。泳ぎに行くスペイン人はいない。よってビーチはガラガラ。我々の貸しきり状態になる」…。ピーター博士の大演説に一応納得し、土曜日に出かることになった。翌日シッチェスに着いてみれば、ビーチはいっぱいである。スペイン人も外人も、あやしげな風情のお兄さん達もいた。「ピーター先生、今日は貸し切りじゃなかったの?」エレナが笑いを押し殺して尋ねると「これが人生。良い時も悪い時もある。大切なのは、今日という日を楽しむことだ」と何くわぬ顔で答え、さっさと泳ぎにいってしまった。薄曇の空、少しさえない天気の午後だったが、私達は観光客の気分でビーチを満喫した。哲学者気取りのピーター、物静かで心優しいイーヴォ、お茶目な絵描きの卵エレナ、そしてまだ誰にも歌い手だと信じてもらえない私。スペインが大好きなSomos extranjeros!四人は仲良しだった
(つづく)
以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2010年03月号(No.113)』に掲載されたものです |
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