谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その21 -

¡Hola! バルセロナ(21)
翌日登校すると、禿げ頭の学院長がせかせかと教室にやって来て言った。「Megumiは歌い手なのか?それなら歌詞の発音練習でもしよう」発音ならM先生にイヤというほどしごかれている。舌が思わず行き先を間違えてLがRになってしまったり、uの母音が「うさぎ追いし〜♪」のウになってしまったり…。少しでも曖昧な発音があると、即、「No」が出る。母音を凝視して?歌う癖がついた。たまに「Muy bien」が出ると本当に嬉しかった。それに較べて目の前の学院長はどうだ?私に音読をさせながら、自分は腕時計ばかり見ている。やる気がないのが丸見えだ。音読のネタが尽きるともう何もすることがない。一週間は我慢して通った。が、毎日同じことの繰り返し。エレナもクリストフもクリスティーナも現われない。ついに私も行く気がなくなった。時間の無駄である。私が休めば学院長はホッとするに違いない、と思うと、腹が立った

クリスティーナとクリストフと私の三人で飲みに出かけたことがある。ゴシック地区の路地裏をブラブラ歩いていると、一軒のBarの前に止めてあるバイクの座席に黒い財布が置き忘れられていた。開けてみると分厚い札束が入っている。周囲には誰もいない。私たちは思わず顔を見合わせた。Barの扉を開けると、中は酔客でごった返していた。クリストフが財布を高く掲げ「店の前のバイクに大金の忘れ物だ」と、大声で言った。賑やかだった店内が一瞬静まりかえり、次にウォー!と歓声が湧きあがった。「それを届けるのか?」「信じられない!」「なんて立派な奴!」方々から冷やかしの声が飛んで来る。スイスの陸上オリンピック代表だというクリストフは精悍な顔つきの青年だった。その彼が表情ひとつ変えず、財布をバルのおやじさんに渡した。まさにヒーローである。クリスティーナも私も鼻が高かった。店中の拍手喝采に送られ、さっそうとBarを出る。歩き始めて間もなく、クリストフが小声で呟いた「俺たち、善人だなぁ」…「本当だわ」「あぁ!善人、善人」三人で大笑いした。スーパーヒーローもお付きの女子二人も貧乏学生である。あの札束は、一瞬眩しかった

もうひとりの級友、スウェーデン人のエレナとはウマがあった。私と同じ年齢だというが、とてもそうは見えない。ショートヘアがよく似合い、大きな目がクルクルしている。好奇心旺盛な彼女は街の情報に詳しく、いつもあれこれとニュースを伝えてくれた。スペインに憧れて、憧れて、やっと留学が実現したとのこと。私よりスペイン語がよく出来たが、発音にシャ・シュ・ショが混じる癖があり、なかなかスペイン人に通じない。「¿Cómo(何ですか)?」と聞き返されるたびに「失礼な!」と憤慨する。その様子がまたチャーミングだった。毎週土曜日は彼女と待ち合わせ、昼食をとりながらオシャベリをするのが習慣になった。街角のBarや安いレストランを探検し、あの店のパエリャは具が少ない、あの店のクレマ・カタラナは美味しい等々、Menú del día(日替わりランチ)の食べ較べをした。大好物になったクレマ・カタラナは店によって味も出来具合もずい分違う。トロトロの冷たいクリームの表面が薄く上品に固められた絶品もあれば、小麦粉?のダマが舌に当たる、出来そこないの天ぷらの衣のような代物もあった。それでもなんでも最後にcortado(ちょっぴりミルクが入った濃い目のコーヒー)を飲めば、私たち二人は大満足。楽しい土曜の午後を過ごせた。スペイン人は家族で過ごす週末を大切にする。私たちのような独り者は、何となく居場所がないのである
(つづく)
  以上は、日西翻訳研究塾のメールマガジン『塾maga2010年05月号(No.115)』に掲載されたものです