谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その29 -

¡Hola! バルセロナ(29)
I氏が言うには、長く外国に住んでいると、居心地はよくなるけれど、それ以上何をするでもなく、かといって日本に帰国するタイミングも見つからず、身動きが取れなくなる人が結構いるそうだ。「そんな風になっちゃいけませんよ」I氏は私を諭した。よく分からないが、そういうものなのか…
予感的中。按摩オジサンは頼りなかった。行きの切符を買うところから要領を得ない。「たぶん、この列車でいいはずです」なんて言いながら、ウロウロして姿が見えなくなる。I氏のお世話以外に按摩オジサンを見失わないようにする仕事まで増え、忙しいったらありゃしない。そして列車の中では、どこか嘘っぽいオジサンの身の上話が始まった。I氏は「それは大変でしたね」なんて、熱心に相槌を打っている。ハァ〜
何とかアランフェスに到着。スペイン人ガイドの解説を聞きながら宮殿の中を見学する。豪華絢爛、素晴らしい。「綺麗ねぇ」「Wonderful!」「Schön!」我々外国人観光客のタメ息にスペイン人ガイドは鼻高々、得意げだ。ここがあの『アランフェス協奏曲』の舞台か…。ギタリストとの縁がきっかけでスペインの歌を始めた私には感慨深いものがあった。いくつかの部屋を回り、“陶器の間”の華やかな装飾を眺めていた時である。ふと、日本の禅寺が心に浮かんだ。余計なものを一切そぎ落とした世界、飾りという飾りをすべて捨て去った美…。あの凛とした空間に身を置きたい!突然、予想もしない衝動が強く湧きあがった。何もない、しかしすべてがある、そんな深い静寂が無性に懐かしい。今ここで、こんな事を思うなんて…。自分で自分に驚いた。いかにスペインが好きでも私はやはり日本人なのだ、と、思い知らされたような気がした
帰りは駅までバスに乗る予定だった。ところが、按摩オジサンは「あと2時間しないとバスは来ません」と言う。時刻表を見ると10分後に一本あるようだ。しかし按摩オジサンは譲らない。「歩いた方が早いです」と言い張る。仕方なく歩き出すと、ほどなく、後ろから来たバスに追い越された。ほらみろ!「まぁいいじゃないですか。急ぐ旅ではありませんから」とI氏。「これでも食べながら行きましょう」オジサンがどこかから焼き栗を買ってきた。こういう時だけ素早いのね…。口の中でモソモソする栗を食べながら、ひたすら夜道を歩く。あぁ疲れた。早くバルセロナへ帰りたい(この後も何度かバルセロナを離れる機会があったが、三日もすると私は里心がついた。サンツ駅からアパルタメントに向かう坂を上ると、あぁ帰ってきた、とホッとしたものだ)
一週間ほどマドリードに滞在し、私は無事帰還した。心配してくれていたM先生と三樹子さんに報告の電話をかける。「ア〜!メグミさん!帰って来たの!良かった!どうだった?」三樹子さんは電話口で叫んでいる。M先生は「Qué bien!」を連発。「家族がメグミの冒険話を聞きたがっているよ」と、食事に招いてくれた。バルセロナに待ってくれている人たちがいる…。嬉しい、嬉しい実感だった
大晦日は三樹子さんの家で過ごした。大勢の友人が集まり、12時を合図に12粒のブドウを頬ばる。日付が変わると、次々と「Feliz Año Nuevo(あけましておめでとう)!」の電話が始まった。「彼女がかけている相手は離婚したご主人よ」「今の電話は、前の彼氏の今の彼女から」「あの子が話しているのは再婚してアリカンテにいる母親」etc。同じ「あけましておめでとう」でも、日本とは様子がずい分違う。明け方まで飲んで騒いで、元旦は寝正月。かくして新しい年が明けた

(つづく)
  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2011年04月号(No.126)』に掲載されたものです