谷 めぐみ の 部 屋
 


 

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Hola Barccelona
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スペイン歌曲の歌い手

「谷 めぐみ」の歌修行 "Hola! バルセロナ" - その32 -

¡Hola! バルセロナ(32)
「何から話せばいいのか分からない」バルの隅の席に座ると、エレナはジーッと私を見つめた。どこかオドオドした表情…。いつものあの生き生きとした笑顔はどこへ行ったの?

事の次第はこうだ。前の週末、Fiestaに出かけた。あまり気が進まなかったが、何度もしつこく誘われるので参加した。誘ったのは、エレナとルームシェアをしているホセだ。薦められるままにワインを飲んでいたが、どこかの時点でプツンと記憶が切れた。後のことは覚えていない。気づいた時には部屋のソファに寝かされていた。ホセのニヤニヤ顔を見て、前夜のてん末を悟ったそうな。クリスマスにスゥエーデンからはるばる訪ねて来たエレナの婚約者の顔が心をよぎった。そもそも最初から私はあのホセが気に入らなかった。メガネの奥のどこか狡猾そうな細い目…

「ワインに何か入っていたのよ」エレナがぼそりと言った。…もしかしてdroga(麻薬)?時々、drogaの話題を耳にすることがあった。スペイン語のクラスではお調子者のアントニオが自らの体験談?武勇伝?を語りたそうだったが、私はまるで無関心。エレナは話題そのものを忌み嫌い、アントニオを軽蔑していた。そのエレナが…

Fiestaの後、ホセは旅行に出かけたとのこと。「もうあのピソに住むことは考えられない。彼が帰ってくる前に私は別の部屋を見つけて引っ越さなきゃ…」眼がうつろだ。ショックと混乱が続いているようだった

次の週末も待ち合わせた。「ションボリしていても仕方がない。元気を出して頑張る」心なし、持ち前の明るさが蘇ったようなエレナの様子に、私は内心ホッとした。しかしその次の週末、エレナは言った。「メグミ、私、大学を止めることにした」「止める?止めてどうするの?」「国に帰る」急展開だった。私のようなドタバタ留学ではなく、彼女は事前に準備万端整え、まさに満を持してバルセロナに来ていた。スペイン語もよく出来る。危なっかしい私のほうが残り、エレナが帰国しなければならないなんて…。日本の比ではないもののスゥエーデンも遠い。一度引き上げてしまえば、再渡西はそう簡単に叶わないだろう。いいのだろうか?悔いは残らないのだろうか?しかし彼女の決意は固かった。「それで、お願いがあるの」エレナは続けた。もうすぐホセが帰ってくる。あのピソには居られないから、帰国するまでの間、私の部屋に居候させてほしい、と言う。「もちろん!」私はふたつ返事で引き受けた

数日後、ボストンバッグを抱えたエレナがやって来た。リビングのソファはソファベッドとして使える。備え付けの食器もシーツもたっぷりある。何の問題もない。ずっと前、仲良しだったイーヴォ、ピーターそれにエレナの三人が揃って遊びに来たことがあった。お砂糖たっぷりの抹茶(!)を大騒ぎして飲んだことを思い出す。エレナの今の窮状を知ったら彼らはどんなに驚くだろう…

私が外出している間、エレナはほとんど眠っていた。「こんなに“眠れる”なんて信じられない」と笑っていた。髪の毛が伸びない、とも言っていた。彼女は男の子のようなショートカットだったが、事件以降、ピタリと伸びが止まってしまったという。「美容院代が節約できて助かるわ!」と、これも笑い飛ばそうとしたが、表情には不安の色が浮かんでいた。愛すべき居候のために、私は帰りに食料を買い込み、料理を作った。夕食を済ませ、その日の出来事を彼女に話す。「よろしい。今日もよく頑張りました。セニョリータ・メグミを表彰します!」彼女のトレードマーク、大きな目をクリクリさせてみせる。このお茶目なエレナが…

帰国前日になった。何故こんなことになったのか?あと一日、また何か予想外の事が起きて国に帰れなくなるのではないか?涙目でエレナが嘆く。明日は荷物を取りにピソに寄らなければならない。その時間にはきっとホセがいる。「嫌だ。どうしよう…」彼女は明らかに不安定になっていた。「No te preocupes(心配しないで)! ピソにも駅にも私がついて行くから大丈夫」私は勇ましく言い切った。何が何でも無事に彼女を列車に乗せなければならない、と思った

(つづく)
  以上は、日西翻訳通訳研究塾のメールマガジン『塾maga2011年07月号(No.129)』に掲載されたものです