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Monólogo de un pasota == Serie III -45 ==
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第三編 『スペインの慣用句』 (その四十五)
さて、今回は「E y F」をキーワードにした慣用句をみてみることにしようと思うが、決して、hacerとecharの動詞特集ではない
1. 『hacer época』
これは実に分かりやすい慣用句である。と同時に、慣用句だと意識する必要さえないほどである。すべてがこうであれば誰もスペイン語を勉強するのに苦労はしない。しかしそうなると、生きていけない人も出てくる。例えば小生のような人間だ。勉強に四苦八苦する人がいるから教えるという生業が成立するわけで、本当はもっと難しければ、もっとお金持ちになれるはずなのだが、そんなに難しければこちらが分からないかも知れないので、程々に願いたいものだ。スペイン語を生業とすることで「時代を作る」というのはかなり難しいが、他の分野なら、『一世をふうびし』たり『一時代を画し』たりする人はいる。とはいっても、例文のような時代の作り方は良くない
例) Ha sido un robo de los que hacen época.
(歴史に残るほどのすごい盗難事件となりました)
2. 『hacer eses』
いつも口酸っぱくして私は生徒たちに言っているのです。「我々非スペイン語人がスペイン語人に勝てる唯一の方法は《正書法》を極めること。つまり、スペルを間違わないことである」と。《eses》ではなくて《heces》でしょ!ウン?違う?これで良い?つまり単数形にすると《ese》とな?《ese》とは英語のthatにあたる中称指示形容詞の《ese》の複数形?それは存在しない。《esos》であれば「それらをする」でなんとか意味は成立するのだが・・・。でなければ、前述のように《hez》の複数形《heces》。つまり、スペイン語でお上品に言うところの「《excremento humano》をする」なのか?などと言っている場合ではない。そうなると、後は《ese》しかない。そう、文字の《s》以外の何ものでもない。つまり、「Sの字を作る」というわけだ。しかしそうなると、数々あるS字形を描くものの中では、何と言っても代表格は『千鳥足で歩く・ジグザグに進む』となると、まさに、慣用句らしくなり、『酔っぱらった状態で歩く』となろう
例) Caminaba haciendo eses, pero no era por borrachera sino por el vértigo.
(千鳥足で歩いてはいましたが、酔っぱらっていたからではなく、高所恐怖症だったからです)
3. 『echar en falta』
《falta》の中に何かを捨てる?あるいは、投げ入れる?何を?何をだろうか。元来《falta》は「不足・欠如・間違い・過ち」等々だ。そのようなものにいったい何を放り投げようと言うのか?そんなことをして何の特になる?間違いや欠如しているものに対して何かを投げ入れる、しかし、物体などではなく、例えば、意見を投じるとか、一石を投じるとか、っというのならば、慣用句として、極めて慣用句らしく好ましい形なのだが、残念ながら実はそうではない。もっとも、決して「遠からず」ではある。何故ならば、「間違い、あるいは、欠如・不足に対して、それではいけないだろう、もっとしっかりしろよ」と注意を促し、その「不足に気付かせる」ことは大切なことだからだ
例) Eché en falta las llaves del coche cuando fui a abrirlo.
(車のドアを開けようと思ってキーがないことに気付いた)
今回は以上です。ご質問・ご意見をお待ちしている。(文責:ancla)
以上は、本塾のメールマガジン『e-yakuニュースNo.73号(2006年11月末発行)』に掲載されたものです |
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