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☆                                                                                 ☆
☆       e-yaku ニュース Año IV  No.31 (05月号) 2003/05/31        ☆
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今号の目次
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     ◆ ホームページ情報
     ◇ イベントのお知らせ      (プエルトリコ劇作家シンポジウム)
                                (ペルー大使の講演会)
                                (バスク映画祭)
     ◆ 書評                    (狂女王フアナ)
                                (メキシコ現代史)
     ◇ イラク攻撃特別寄稿      (y その3)
     ◆ Monólogo de un pasota   (Serie II-16)
                              『スペインの陪審裁判制度』(y その4)
     ◇ スペインの慣用句        (Serie-13)
     ◆ 短文翻訳 (2003年05月末更新分)
 
★━━━━……‥・・ ・
  『ホームページ情報』
     ・ ・・‥……━━━━★
 
    わずか2ヶ月前の去る3月末、週間アクセス数が1,000件を突破し、さらに、総アクセス数も3月16日にあっさりと5万件を突破したというニュースをお知らせいたしました。ご記憶でしょうか?そして、わずか3ヶ月半で4万件から5万件を達成したことも併せてお知らせいたしました。
     ところが、例の週/1,000件以上という週間アクセス数は突発的な出来事でもなんでもなく、その後も週/1,200件〜1,300件以上のアクセス数で安定しておりまして、総アクセス数も、去る5月11日の週に6万件を『軽く』突破致しました。この調子ですと、2ヶ月後の『e-yakuニュースNo.33』では7万件突破のニュースをお知らせすることになるのでしょうか?嬉しいやら、驚きやら、戸惑いやら。塾生はさほど増えていないのに...。
     ともあれ、これもひとえに皆様の日頃からのご支援の賜とスタッフ一同感謝の念に絶えません。あらためて御礼申し上げます。
     ついでに、というわけではありませんが、『e-yakuニュース』の読者数も順調に伸びておりまして、もうしばらくすれば、読者数400名突破のニュースをお伝えできるかもしれません。
     今号2003年5月31日更新の更新ページ一覧:
      *『今月の短文翻訳』(2003年5月分)
      *『短文翻訳集』(2003年4月分)
      * Alberto松本氏提供『武蔵』(Préstamos, y 3a Parte)
      *『スペインの慣用句』(その1)
      *『馬耳東風(第二編)』(その11)
     今月より『スペインの慣用句』シリーズのHP上でのバックナンバー連載が開始します。以前のものを見ておられない方はお楽しみに。尚、『スペイン語文法(番外編)』のシリーズはHPに残しますのでしばらくの間はアクセス可能です。HP上から削除する場合は事前にお知らせするようにいたします。
     表紙ページのインデックスからも『文法外伝』・『馬耳東風』・『慣用句』のページにワープできるようになり、より便利になりました。
                       https://www.e-yakushiyo.jp
                                                      (イー訳しよ〜ネッと)
 
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    イベント情報     ☆ ☆ ☆ ----†◎
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 ☆ ロベルト・ラモス氏シンポジウム&ワークショップ (^^)v〃
 前号のこのコーナーでプエルトリコの演劇上演のお知らせを致しました(今号も引き続き掲載します)が、このお芝居の作者が来日し、以下の通り、シンポジウム&ワークショップが開催されます。是非参加してみてはいかがでしょう。
 
ロベルト・ラモス氏の紹介
    1959年にプエルトリコに生まれ、劇作家のほか、俳優、演出家、ジャーナリスト、演劇評論家などの顔を持つ、実に多彩な人物で、彼の作品は、スペインや中南米を始めとするスペイン語圏はもとより、アメリカなどのスペイン語圏外でも上演されている。
 シンポジウム
 日程:2003年6月6日(金) 6:30〜21:00
 場所:森下スタジオAスタジオ
        〒135-0004 江東区森下3-5-6 Tel:03-5624-5951
参加費:500円(但し、ワークショップ参加者は無料)
ワークショップ
 日程:2003年6月4日(水)・5日(木) 13:00〜17:00 
 場所:森下スタジオAスタジオ
        〒135-0004 江東区森下3-5-6 Tel:03-5624-5951
参加費:1,000円(各回)
本邦初のプエルトリコ演劇の上演    (●^o^●)
    ピープルシアター第37回公演 (日本語)
       「アヴァター」(聖なる化身)〜イエスの知られざる日々〜
ロベルト・ラモス作
公演日:2003年6月3日(火)〜8日(日)
        3〜7日は19時開演
        7日は14時公演もあり。8日は14時のみ
場所:両国・シアターX
        〒130-0026 墨田区両国2-10-14 Tel:03-5624-1181
前売り:3,800円 当日:4,000円
問合わせ:ピープルシアター Tel/Fax:042-371-4992
    ナザレーの町での若き日のイエスの情熱的で劇的な日々を描いた作品だが、この劇では、イエスがインドに旅しブッダと出会ったり等々する。そして、二人が一つの魂の中で一体化するが、同時にいくつもの肉体を持つのは何故か...等を通し、愛と宗教を追求する物語になっている。 
    因みに、今回の日本公演の元になったのは、米国のスペイン語教師が英訳したもので、英語からの和訳であるのが、スペイン語関係者としては少々残念ではある。
     ともあれ、プエルトリコの演劇が日本で公演されると言うのは大変貴重でもあり、嬉しい限りだ。このチャンスを是非お見逃しなく。
 
☆ 駐日ペルー大使講演会!! (日本ペルー協会からのご案内)
    ルイス・マキャベロ駐日ペルー大使をお迎えし、下記のとおりご講演をいただくこととなりました。また、講演会後、懇親会を開催致しますので、併せてご参加いただきますようお願い申し上げます。参加ご希望の方は6月16日(月)午前中迄に、日本ペルー協会宛にご連絡をお願い致します。
TEL: 03-3595-5365 / FAX: 03-3595-5598
E-mail: jpecb@blue.ocn.ne.jp
●講演会
日 時: 2003年6月19日(木) 18:30−19:45
会 場: 国際協力事業団国際協力総合研修所2階
      東京都新宿区市ヶ谷本村町10-5 Tel: 03-3269-2911 
      最寄り駅: JR総武線「市ヶ谷」、
           又は地下鉄有楽町線・南北線「市ヶ谷」5番出口 徒歩約10分
      ※ご希望の方には地図をお送りします。
講 師: ルイス・マキャベロ駐日ペルー共和国大使
テーマ:  ペルー・日本130年外交史 その夜明け
            (130 AÑOS DE RELACIONES DIPLOMÁTICAS PERUANO-
                                            JAPONESAS SUS INICIOS)
言 語: 西語 (日本語逐次通訳付き)
会 費: 無料
● 懇親会
日 時: 2003年6月19日(木) 19:45−21:00
会 場: 国際協力事業団国際協力総合研修所2階ホール
会 費: 日本ペルー協会会員 1,000円 / 非会員 1,500円
(日本ペルー協会事務局: 上杉伸子)
☆ バスク映画祭
    これは実に珍しい、というか、大変貴重な映画祭が開催されます。スペイン・バスク自治州の監督の映画を集めた映画祭ですが、期間が迫っていることと、非常に短い期間での開催なのが少々残念です。
        2003年6月6日(金)〜8日(日)
    ヴァージンシネマズ 六本木ヒルズ
                (日比谷線六本木駅より徒歩0分・駅前プラザと直結した至便な場所)
     映画はすべてで9作品が予定されていますが、プログラムがきめ細かく設定されていますので、以下には作品名のみ掲載します。したがいまして、より詳しい情報を入手されたい方は『http://www.virgincinemas.co.jp』をご覧下さい。5日(木)の19:00からはオープニングセレモニーが催されますが、残念ながら招待券が必要なようです。
 貸金庫507 / 月曜日にひなたぼっこ / エクスタシー / 800 BULLETS / バスクショートフィルム「家族と犯罪」 / ルシアとSEX / トレモリノス73 / ブルガリアの愛人 / 殺人依存症主婦
     作品によって2回、3回と期間中の上映回数が異なっていますのでご注意下さい。映画鑑賞者には、ワインとピンチョが、品切れにならない限り、サービスされるようです。すべてスペイン語での上映で、バスク語ではないようです。日本語の字幕は付いているそうです。
 ◇〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
             書 籍 紹 介
・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜◇
 『狂女王フアナ』−スペイン王家の伝説を訪ねて
    著者名:西川和子
    出版社:彩流社
    定 価:2,000円+税
     『e-yakuニュースNo.28』でご紹介しました本塾生の西川和子さん著の『狂女王フアナ(Juana la Loca)』ですが、各方面で注目を浴びており、様々な雑誌や新聞にその書評が紹介されています。その主なものとしては、週刊東洋経済(2003.5.17号)、東京新聞(2003.4.3)、パセオフラメンコ(6月号)等々です。以下にその一部をご紹介してみましょう。
 
    スペインの国王には、面白い、というか、不名誉な仇名が付けられる場合がある。本書の主人公「フアナ・ラ・ロカ」も、その一人。「狂女王フアナ」ということになる。フアナは、15世紀末にスペイン統一を果たしたカトリック両王の次女で、姉と兄の早世によってスペイン王位を継ぐが、女性問題の絶えない夫フィリップ美男王への嫉妬が昂じて精神に異常をきたす。夫の死後、遺体を棺の中に入れて、スペイン中央部カスティーリャ荒地を二年も彷徨っていた。(週刊東洋経済より一部転記)
 
『メキシコ現代史』
     著者名:鈴木康久
     出版社:明石書店
     定 価:3,000円+税
     メキシコの現代史をこつこつと、丹念にフォローした労作で、非常に地道に、丁寧に事実関係を述べている力作。
    20世紀はじめのメキシコ革命の理念を継承する政治の仕組みとして、71年にわたって続いたPRI(制度的革命党)による支配体制は、2000年の大統領選挙での野党PAN(国民行動党)のフォックス候補の当選によって崩れ、メキシコの政治、社会は21世紀に入って新たな方向へ向かおうとしている。 
    これらの推移を丹念に追った本書は、現代メキシコを理解するための有用な基礎知識を提供してくれる。〔桜 井 敏 浩〕
    【『ラテン・アメリカ時報』2003年5月号掲載 (社)ラテン・アメリカ協会発行】より一部転記。
    以上、読者諸氏も読まれてみてはいかがでしょう。
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   イ ラ ク 攻 撃 特 別 寄 稿  (本塾講師:碇 順治)
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 『アスナールにフランコの影を見る』 (『イラク攻撃特別寄稿』y その3)
  前号に挙げた三仮説は、どれもすべて正解のように見えるが、真実は一つしかない。しかも、その真実はまだ明らかにされていない。正解はどれなのか。あるいは、別の真実があるのかも知れない。よって、ここではどれが真実かを明言できないことを前もってお断りしておくが、ここで、前述の仮説にもう少し補足を加える必要があろうかと思う。そして、その補足を兼ねながら、三つの仮説を分析していくことにしよう。
  このコラムの最初の号でも述べたように、アスナールの意図は、国内のテロ撲滅運動を国際化し、ETAの武器弾薬の入手経路を断ち、更に強力な兵器を入手させないことにより、最終的には国内テロを根絶(=ETA撲滅→民族主義全体の弱体化)させることにある。そのためには、9・11を経験したアメリカのバックアップがどうしても必要だった。したがって、EU内の足並みを乱すことになったとしても、親米・米支持政策を打ち出す必要があったわけだ(EU内の足並みは、現時点ではそう簡単に乱れない)。更に、一時的に反国民党気運が高まったとしても、来年の総選挙(残り約1年足らず)までには逆転する事が十分に可能であるとの計算がアスナール政権にはあったのだろう。その第一条件として、イラク攻撃短期終結があったが、兵力や軍事力の点から見てどう考えてもアメリカが負ける可能性はなく、スペインが参戦する決定的な理由はどこにもないわけで、ブッシュがスペインの参戦を最低条件にする事もなかったわけだ。
  一方、ブッシュにしてみても、スペインの兵力と軍事力(アメリカは、昨年末バーレーン沖でスペインのフリゲート艦が『大快挙』をやってのけたことを大きく評価している...。そして、実はあれがすべての始まりだったのだが...)を公には軽視するわけはないだろうが、けっして頼りになる存在だとは考えているはずもない。したがって、ブッシュ政権とそのネオコンサバの連中にとっては、スペインの攻撃参加などよりも、国連決議として攻撃をすることの方が大事であったはずで、一国でも多くの攻撃支持国が欲しかった。スペインがその支持を表明すると同時に、特に中南米諸国の説得に一役買ってくれれば、アメリカとしてはそれだけで十分であったはずだ。事実、スペインは米支持表明後この説得に奔走した。
  このように分析すると、アスナール首相が何らの困難な努力をせずとも攻撃不参加が可能になった道が存在したことが分かる。つまり、早い段階での正確な状況判断と決断力こそが政治には大きな決め手となるのだ(我が国の政治家に大いに欠けている、いや、これが皆無)。これらを備えてこそ真の政治家といえよう。ともあれ、このように状況を上手く利用し、『自分の意図のみ』を成就させるという今回のアスナールの行動・作為・知行は、1940年10月23日のフランコとヒトラーとのエンダヤ会談を小生に彷彿とさせた。第二次大戦へのスペイン参戦を促すため、わざわざ(?)スペイン国境まで遠路はるばるやってきたヒトラーは、スペイン内戦(1936〜39)でフランコを支援し、内戦の勝利に一役も二役もかったわけだが、その『見返り』を要求するどころか、ヒトラーの第三帝国への参加(後の枢軸国への参加)という『(スペインにとって)大変なご馳走』を土産に、ドイツと一緒に参戦するようスペインを説得するためピレネーの向こうまで足を運んだにもかかわらず、フランコは、内戦後の脆弱な国力を理由に、その『餌』には飛びつかなかった。もっとも、ヒトラーの意図は他にもあったのだが、それはここでは関係のない話ではある。
  もっとも、フランコの場合、事前に『頂くものは頂いてしまった後』だったのだが、アスナールの場合はそうではない。アスナールが自己の壮大な計画を成就させるためには、米英が予定通り早期にイラクを打ち負かすという大前提があったわけだが、それはどうやら成就したようだ(復興でつまずかなければ...の話だが)。よって、ブッシュが対テロで共同戦線を張り、国際テロ集団ETAと共に戦ってくれるという約束を実際に果たしてくれるか否かは不透明であった。
  しかしながら、去る4月30日、米国は『Batasuna・Herri Batasuna・Euskal Herritarrok』の3政治団体(3月28日にスペインの最高裁が違法と判定したETAグループの政治部門とされている)を、米国が作成している『国際テロ集団リスト』に含めることを発表した。アスナールは、ブッシュから『ご褒美』をせしめることに成功したわけだ。もっとも、テロ対策の『国際化・グローバル化』は必ずしもETAの撲滅につながるのか否かについては、大いに疑問は残る。
  ともあれ、アスナールの今回の賭は、党自体の将来を抵当に入れた大きな賭であった。さらに、私が最も注目するのは、アスナールのしたたかさはそれだけではなかったことである。あの現況において彼は、次期総裁候補指名を背景に、党内で最も忠実な『僕(しもべ)』が誰なのかを見極めることにも利用していたからである。(文責:碇 順治)
 

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 Monólogo de un pasota===Serie II-16==馬耳東風第二編の十六
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『スペインの陪審裁判制度』 (y その4)
     前号では陪審員資格について述べたが、今号は、その選出された陪審員がどのような種類の陪審裁判に参加するのか、つまり、裁判権の対象範囲はどうなっているのかなどについてみていこうと思う。
   現在のスペインでは、陪審裁判は基本的に刑事裁判に限られている。その中身はというと、1995年5月22日に公布された組織法第5号で規定されている犯罪の種類は、殺人罪、住居侵入罪、財産侵害罪、死体遺棄罪、脅迫罪、侮辱罪、名誉毀損、放火(森林放火なども含む)罪、汚職罪等々や、具体的な罪名が上げられていないものの、性犯罪もその対象になっている。また、公金横領罪、脱税、公共料金等の不法徴収などの罪で、本組織法で現在定義はされてはいるものの、法的な、あるいは、会計上の専門的知識や証拠などを判定しなければならない犯罪、いわゆる複雑性を伴う犯罪等は、いわゆる一般人が判断を下すこの陪審裁判には適当でないという理由で、今後除外されるべき犯罪と考えられている。
   上記にも示したように、まだこの制度が再開されてから10年にも満たないことから、まだまだ模索状態にあることが分かる。さらに、マスコミが、『驚くべき無罪判決』、あるいは『根拠のなき無罪判決』であるとか、『無効評決や矛盾した評決等々の訴訟手続き』等について、センセーショナルに報道を繰り返し、この陪審裁判についての問題指摘が尽きない状況である。
   そんなことから、現在スペインでは、『陪審裁判の回避』と呼ばれる現象も起きている。つまり、弁護士側が、可能な限り(特に、脅迫罪などの場合に)、罪の解釈を変え、この制度の対象範囲外の容疑罪状に修正し、陪審裁判を回避するという問題である。平たく言えば、陪審制度の範疇に入らない罪状が適応可能な場合には、できるだけそちらの方を選択し、陪審員の評決による裁判ではなく、自分の依頼主を、いわゆる一般的なプロの裁判官が判断する通常の裁判で評決させようと言うわけである。無論、こうした動きは、弁護士側のみでなく、むしろ、被告側が陪審裁判を回避する傾向にある。
   では、陪審裁判では、いわゆるプロのジュリストはいないのか?といえば、そんなことはない。当然、裁判長が法廷の責任者として存在している。評決に関しては、陪審員が多数決(日本人が馴染みのある米国の陪審裁判は全員一致)で『無罪か・有罪か』が決定されるわけだ。では裁判長は具体的に何をするのかといえば、裁判の進行を統制し、裁判が公平性を維持するように努めることの他に、陪審員に対し事実認定の説明を行ったり、陪審員への評決書の差し戻し権もある。尚、同権利は、陪審裁判組織法第63条の1-d)において裁判長に与えられた権利で、評決が無効となる可能性があるような矛盾が評決書に見受けられた場合や、特に、陪審員が公判とは無関係な事実や評価について述べている場合などにその行使権利が発生する。
   ただ問題なのは、これもまだ10年の歴史もないということが原因であろうと思われるが、法のプロである裁判長が、事実認定を明文化する際や、被告・原告双方の陳述によって係争中の問題点が明白な場合、陪審員に対しその事実がいかにももう立証されたものとするような発言を行ったり、無罪、あるいは、情状酌量を行うように裁判長自身が誘導するようなことはあってはならないのだが、こうしたことは、現実問題として一部で生じているようである。つまりは、一部の裁判長の間で、同組織法の第54条で定められている、陪審員に事実認定の説明を行う際に、陪審員たちが『素人』であることから、刑法や刑事訴訟法の短期教育コース、つまり、法学レクチャーを陪審員たちに行わねば、彼らが正確な法的判断ができないと解釈している裁判官がいるのも事実のようだ。無論、本来、裁判官は、決して被告人や証人、あるいは専門家に対する尋問などに活発に参加し、法廷で主導的立場に立ってはいけないわけだ。
   さて、前述の『多数決』について少々補足しておくと、無罪評決をするには、正規陪審員9名内の5人が『無罪』を主張すれば無罪の判決が下されるが、有罪判決には7名が『有罪』を主張する必要があり、数字だけを見れば、『有罪』になるよりも『無罪』になる可能性の方が大きい。これが、マスコミが騒ぐ『驚くべき無罪判決』や『根拠なき無罪判決』につながり易い所以であろう。にもかかわらず、被告側がこの陪審法廷を嫌うのは、やはり、無罪になる可能性が多いとはいえ『法の素人に裁かれたくない』という心理が働くのだろう。
   このように、まだまだスペインの陪審裁判制度には大きな問題が山積みしているが、これも、すべては時間(経験)が解決するだろう。因みに、同組織法は、法律発布半年後の1995年11月16日にはすでに2回目の改正がなされている。
   まだまだこの陪審裁判に関して述べるべき事はあるが、あまりこの問題ばかりを取り上げていては皆様からご要望の多い他のテーマを扱えないので、とりあえず、このテーマは今回で終了することにする。(文責:ancla)
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  スペインの慣用句 == Serie II -13 == 馬耳東風 第二編の十三
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 さて、今回からこのスペインの慣用句シリーズも2年目にはいることになるが、今回は人間・人をテーマにした慣用句を扱ってみることにしよう。
 1. 『no tener abuela』
「おばあちゃんをもたない」、つまり、「おばあちゃんのいない人」というか、いない人はいないので、「おばあちゃんを知らずに育った人」のことを指すわけだが、それは通常文の場合で、これが慣用句として使用されると、《no》の付いた否定文が肯定文に化けてしまうから要注意だ。逆はまた真なりで、逆のことを言うことによって皮肉的に『おばあちゃんっ子』ということになる。つまり、『自慢やさん』・『自惚れやさん』を意味するわけである。何故かといえば、これは日本のおばあさんたちも同じかも知れないが、大昔からの習わしとでも言おうか、サガといおうか、おばあさんたちというのは、どうも悪い癖があり、我が孫を掌中の珠とばかりにかわいがって何でも与えてしまう。そこでこうした手の付けられないわがままな子ができてしまうというところからこの慣用句ができたらしい。
     例) Ese muchacho presume de ser el mejor; desde luego, no tiene abuela.
           (あの子は自分が最高だと思っている。それもそのはず、おばあちゃんっ子だからな)
 2. 『como cualquier hijo de vecino』
「どこにでもいる近所の息子さんと同じように」っていわれても、もう一つピンとこない。『人』は必ず誰かの息子か娘であるわけで、そんなところから《hijo》が代名詞的に使用されているだけなのです。ご近所の息子さんが、賢いのか、ハンサムなのか、阿呆なのか、そういったことは関係ない問題で、実際のところ、近所の息子でなくても誰だって言い。要は、そこいらにウジャウジャといる『人』のことを言っているわけで、そう、つまり、この慣用句の意味は『誰でも』・『みんな』ということを、少々持って回った言い方で表現しているだけなのです。まあ、もっともだからこそ慣用句なのですが。
     例) Tengo mis problemas como cualquier hijo de vecino.
           (僕にだって人並みに悩み事はあるさ)
 3. 『mirar de hito en hito』
え?《hito》って、どんな意味だったっけ?何か今回のテーマと関係のあるような意味だったかな?と疑問をもたれた方はなかなかの語彙能力のある方です。《hito》とは、「画期的な出来事」・「標石」・「マイルストーン」などの意味を持つ単なる名詞で、何ら『人間』とは関係ありません。でも、『人』とは大いに関係があります。「ひと」だからです。え?スペイン語って《hアチェ》を発音したっけ?いえ、アンダルシアや中南米では若干音として発音されて出てくるようですが、通常は音としては出てきません。でも、まあ、良いじゃないですか。ちょっとしたシャレです(これをおやじギャグという)。《hijo》の項目を眺めていたら《hito》が目に入ったので、つい...。さて、「マイルストーン」はマイル毎にしかないわけですから、それほど離れている間中見るというのは、かなりのストーカー。マイル並のストーンカー。冗談はさておき、そんなところから、『じっと見る』・『じっと見つめる』のような慣用句の意味になる。
     例) Llegué tarde a la clase y el maestro me miraba de hito en hito hasta que me senté.
           (授業に遅刻していったらさあ、先生が私が席に着くまで私のことをじっと見てるのよ)
 
4. 『ciento y la madre』
「100とお母さん」??。カルロス・サウラ(Carlos Saura)の映画に「ママは百歳(Mamá cumple 100 años)」というのがあったが、あれはフランコ時代以降の民主化過程のスペインを風刺的に描いた映画だったので関係はないと思われるが、では、いったいこれだけの言葉で何を言いたいのか?といえば、なんのことはない、『多くの』・『山ほどの』と言いたいだけなのだ。それにしても、100はまだ分からないでもないが、何故《madre》なのだろうか?母は大きな存在だからなのだろうか?それに、何故《ciento》であって《cientos》ではないのだろう?おそらく複数形にすれば、こんどは《madre》が特別の意味を持ってくるからだろうと思われるが、この点については定かではない。
     例) Éramos ciento y la madre.
           (僕たち、沢山いたよ)
 5. 『como un niño con zapatos nuevos』
「新しい靴を手にした子供のように」。少々直訳ではない訳になってしまったが、この方が分かり易いだろう。この慣用句は《no tiene vuelta de hoja=明白である。この慣用句はまたあらためてご紹介する予定》。この慣用句についてはなにもコメントは必要ないだろう。つまり、このままでも十分に『新しい靴を買ってもらって嬉しくてたまらない子供』の姿とその情景が目に浮かんでくるからだ。
     例) Mi abuelo no está quieto como un niño con zapatos nuevos ante su primer viaje al extranjero.
           (私の祖父は初めての海外旅行を前に子供のようにはしゃいでいるの)
 6. 『ni qué niño muerto』
5で終わろうと思っていたのだが、余りにも簡単で分かり易い慣用句を最後にもっていき、さらりと終わったもので、これはひょっとすると手を抜いたな?と思われてもしゃくなので、もう一つ《niño》が使用された慣用句をご紹介しておこう。但し、外国人としては、あまり使用しないようにも同時にお勧めする。もっとも、これを言われたときにはどんな意味なのかを知っておく必要はあるのでご紹介する。これは、慣用句というか、感嘆詞風の表現で、何らかの意見や、要求を拒否・却下するときに、その拒否・却下の意味・意志をよりいっそう相手に強く伝えるために使用される。因みに、この表現は、その昔、人口調査の際に、洗礼も受けることなく死んだ幼い子供を数えるのか否かと言うときに出てきた表現だといわれている。
     例) ¿Que me dejaste a mí el libro? ¡Qué libro ni qué niño muerto!
           (なんだって?俺に本を貸しただって?何をたわごと言いってんだよー)
 
    今回はこの辺で終わりにしよう。次回も人間・人をキーワードにした慣用句を続けてみよう。ご質問やご意見をお待ちしている。(文責:ancla)
 
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    短文翻訳 2003年05月末更新分
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01. Le traté en femenino hablando por teléfono porque mi marido me estaba escuchando.
  主人が聞き耳を立てていたので、相手を女性だということにして電話してたの。
02. Quisiera marcharme ya que tengo clase en la escuela.
  ボクこれから学校があるので帰らせていただきたいのですが。
03. En mayo se publica en los periódicos el ranking de personas con más rentas en Japón.
  5月には日本の高額所得者ランキングが新聞に掲載されます。
04. Antes el autoritarismo paterno impedía el libertinaje de los adolescentes.
  以前は父親の威厳が、若者たちに好き勝手を許すことはありませんでした。
05. La profesora se comportaba de forma tan pasota, como si no fuera nada, como si no tuviera importancia, sobre la resistencia de mi hija a ir a la escuela.
  娘の登校拒否について、女性教師は、何の問題でもなく、何でもないかのような、そんな無関心な態度をとっていた。
06. La pareja pasó todo el día peleando para acabar en la cama por la noche.
  夜にはベッドインするのに、二人は一日中喧嘩をして過ごした。
07. El divorcio de los cineastas nos siguen dando que hablar.
  映画スターたちの離婚は我々に何かと話題を投げ掛け続けています。
08. La primera exposición de receptores de radio fue realizada en Salamanca.
  ラジオ受信機の最初の展示会はサラマンカで行われました。
09. Todavía mantengo viva la pasión que tuve por mi marido antes de divorciarme.
  今でも別れた夫に対して抱いた情熱をしっかりと覚えているわ。
10. Desde que me instalé en Japón, ya van a hacer doce años.
  日本に住み始めてからもう12年になろうとしている。

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