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連載短編小説「Waltz In BLACK-01」のページです |
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Yossieの連載短編小説「Waltz In BLACK」 |
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.第一話『面』
..その1
「セル面には、売り方のこつってのがありましてねェ」
参道の入り口に陣取った面売りの男が、先程から彼の店の前に足を止めて面を眺めている客に、声をかけた。持ち込んだアセチレン灯の赤い光に照らされ、たくさんの面が物言わぬまま、光と影の中に並んでいる。
鄙びた山間の小さな村の祭りではあるが、それなりに賑わっている。終戦と言い変えた敗戦からも、もう7、8年が経った。他国の戦争の特需もあり、都会も田舎も、だんだんと活力を取り戻してきている……、そんな時代である。
声をかけた相手は、三十路ばかりの、色の白い男だ。縁日の面など、子供相手の商売と決まっていようし、通り掛かった大人が一人で、それも男なら、子供への土産とも考えにくい。客にはならぬと見て、退屈しのぎに話しかけたのだろう。
たかが縁日の出店でも、歴然たる地位の差というものは存在する。力のある者ほど、参道の奥に店を構える。入り口付近にいるということは、まだ商売に慣れぬ新参者かも知れない。とはいえ、口調は歯切れのよい、怪しげな香具師(やし)言葉だ。
「ほう、そういうものなのか。ところで今、何と言ったのかな? このお面のことかい?」
「ああ、うっかりしとりました。セルロイドの面で、てきやはセル面って呼ぶんでさァ」
「面白いね。で、先程の話を教えておくれ。こつというのは?」
「あははは、まあ、大したこっちゃねえんですが。子連れのお客が通ったらね、子供の方に声をかけて気を引いて、面を掛けさせちまうんでさ。そしたらもう、子供はそれが欲しくてたまらん訳で。でまた、こっちは元より値札もつけてねえ。多少高くたって、絶対、言い値で売れるってね」
「それは……。商売上手なのか、悪どいのか、わからないな」
「まァ、あたし等の生活の知恵でさ。……おっ、坊、どれか欲しい面があるかえ?」
いつのまにかそこにいた子供に気づき、面売りは商売に戻る。粗末ではあるが小ざっぱりした身なりに、頭を丸く刈り上げた。五歳ほどの男の子だった。
「……きつね」
「おきつねさんか。あいよ」
子供はまだ買うとも何とも言っていないのに、面売りは勝手に、顔にかぶせてしまう。
「お父っつあんか、おっ母さんと一緒に来たのかえ?」
「おとうさん」
「おお、そうか。呼んどいで。よく似合ってるから、きっと買ってくれらァ」
面売りは調子良く、子供の背を押す。そのとき、先程の男が、渋い顔で話に加わった。
「……。私の子だよ」
「あ……、ええと、はははっ」
面売りは絶句し、笑って誤魔化す。
「君も商売だろうし、今更取り上げるのも酷だ。買い求めるのは吝(やぶさ)かではないが……、ここは是非、常識的な定価で頼むよ」
「へーい」
思うようには吹っかけられなかったが、取り敢えずは普通に商売ができた、と喜ぶべきなのだろう。代金を受け取った面売りはそう考え直し、お愛想代わりにまた男に話しかける。
「お客さんは、この辺の人じゃないやね。やっぱり、東京あたりから越して来なさったんですかえ?空襲に遭われたとか」
「……うん、まあ、似たようなものかな。繰り上げ卒業で召集されたんだが、肺に影があるとか何とかで返された。名誉の負傷ならともかく、病気で送還されたなんて、恥かしい話だね」
「何をおっしゃる。御国のために働かれたんだ。堂々としてなさるがいい」
「その後は、気候のいいこちらを勧められて転地療養のはずが、居座ってるって訳さ。いつの間にか、この子まで出来てしまった」
「当地でご新造(しんぞ)さんを見つけなさった、ってことですな。へえ、ご馳走さまで。ところで、ご商売は何をなさってるんです? 失礼だがその風体(なり)じゃあ、畑仕事ができなさるとも思えませんや」
日にも焼けておらず、腕にも大して筋肉はついていない。身体を使う仕事ではないのは、一目見ただけでもわかる。
「詰まらない文章を書いては、東京に送っているよ。有り難いことに、昔の伝手をたどって、拾って貰ってる」
「ご謙遜だねェ。さぞ、名のある先生に違いねえんでさ」
「面売りの君の『生活の知恵』に引っかかるくらいの、偉い偉い先生さ」
「こいつは参ったなァー、ははははっ」
面売りは頭をかき、先程から大人しく立っている子供に目をやる。生まれながらの田舎の子と違って、躾も良く物静かなのだろうか。大人の話に割り込んでくることもなく、どこかへ行ってしまう訳でもない。彼にかぶせられた狐の面を顔につけたまま、何を考えているものか、遠くを見ているようだ。
「どうしたい、坊」
声に応えて、すっと顔を上げるが、無言のままだ。面売りは何故か、腰が退けてしまう。
「本物の子ぎつねさん、みたいだねえ」
気味(きび)が悪いや。そう言いたいくらいだが、さすがに、買ってくれた客の子供だ。それは口にできない。
「そうだね。存外、そうかもしれないよ」
「せ、先生……、からかいなすっちゃ、いけませんぜ。第一、ご自分のお子さんで……」
「うん。だからこそ、よく知ってるんだけどね」
どこまでも落ち着いて、口元には、穏やかな笑みさえも含んでいる。だが、それすらも今は何故か恐ろしい。この男は、普通の人間のはずだ。東京者(もん)の大学出だから、思わせぶりな態度だし、喋り方も嫌味たらしく聞こえるだけだ……、と思う。それともまさか、この山の眷族を従えている、妖物(ばけもん)の親玉だろうか……?
ぞくりと面売りの背筋が凍り、冷や汗が一筋流れた。何か言いたいが、喉がからからに乾いて、声が出ない。
「どうしたんだい? お喋りが、君の仕事だろう?職務怠慢だよ」
「へ、へえ……。あのう……、先生は……」
「何だい」
本当に人間ですか、とも聞けない。自分から切り出しておいて、面売りは言葉に詰まってしまった。
(つづく) |
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