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連載短編小説「Waltz In BLACK-06」のページです |
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Yossieの連載短編小説「Waltz In BLACK」 |
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..その3
そして、何日かの後。
いつかの村人に案内されて、彼の友人がやってきた。
「ありがとう、権作君。帰りは一人で大丈夫だ」
世話好きの村の男は、権作という名らしい。それなりに、もう親しい様子だった。
「いつまで、こんな処にくすぶっているつもりだい? 生まれも育ちも悪くない、言葉だってできる。君のような人材が、これからの日本には必要なんだよ」 「嫌だよ、面倒くさい。地所の管理は君に、相良君に頼んだんだ。私物化してくれて構わない。僕には、今まで程度の送金を続けてくれれば……」
「見損なうな! 他人の財産を食いつぶすような真似ができるか!」
相良という友人に怒鳴られて、彼も口をつぐむ。お互い、悪気があって言っている訳ではない。
「どうしたんだよ、いったい。ここに君を引き留める、何があるって言うんだ。好いた女でもできたのか?」
「……いや、何もない。強いて言えば、毎朝、山の狐が遊びに来ることくらいかな」
「ふざけているのか?」
相良は呆れ、席を立つ。たぶんこいつは、一種の戦争ボケなんだろう。もう少し時間がかかるのかも知れない。煩く思うか知れないが、頻繁に顔を出すことにしよう。そしてそのうち、連れ戻そう……。そう考え、帰ろうとはしたのだが。初めて来たところでもあり、狭い家だというのに、出口を間違えて裏に出てしまう。
「あ、おい。そっちは……」
裏口で、井戸と物干ししかないぞ、男はそう言おうとしたが……。
「何だよ? あ、」
話も聞かずに戸を開けた相良は、息を飲んだ。二人しかいないはずの家の裏手に、若い女がいて……、洗濯物を取り込んでいたのだ。
「ああ、これは失礼しました」
慌てて家の中に戻り、家主の背中を引っ叩く。
「水臭いじゃないか!」
「えっ、……な、何が」
急に叩かれたために咳き込みながら訊き返すのは、もちろん、相手にしない。
「いい加減にしろ。そうか、そういう訳か……。仕方ない。しばらくは身の立つように、書きものの仕事でも回すようにする。そのうち、ちゃんと説得して、東京に連れて来いよ?」
「……誰を?」
「もういい。じゃ、失敬」
そう言って去っていく相良は、もう振り返りもしなかった。事情が分からないまま裏口を覗くと、見知らぬ女が、畳んだ洗濯物を持って立っていた。
「だ、誰……?」
訊ねながら視線を下ろせば、足首に、大きな傷跡がある。
「……君か。どうしたんだい、その姿は?」
「ごめんなさい、わたし」
「うん」
「あなたをつれていくって、さっきのひとがいうから……」
たどたどしいが、確かに人の言葉だ。彼は頷いて、先を促す。
「いかないでほしいって、おもった。あのひとがかえったら、あなたにそういおうとおもった。だけど、ひとのすがたでなければ、ひとのことばは、はなせない。だから、うらぐちでまっていたの。いまならてがとどくから、かわいたせんたくものをはずしていたら、あのひとにみられた……」
「あはははっ……、相良が訳の分からないことを言っていたのは、そういうことか。君を見て、勘違いしたんだね。しかし、女の子だったとは、僕も知らなかったな。いや、まあ……、そのう……、化けているだけかもしれないが」
「おこって、いる?」
「何故だい?僕は初めから、ここを離れるつもりはない。今まで通りだ」
荷が下りたように、女の肩が丸くなる。叱られると思ってどれほど怯えていたのかと、可哀想になるくらいだ。
「おねがいが、あります。わたしをここに、おいてください。なんでもするから。ごはんも、いらない。やまに、たべにいきます」
「どうしたんだい、急に。今までのように気ままに、好きなときに遊びに来ればいいじゃないか。……それとも、まさか、元の姿に戻れないのか?」
女は小さく頷く。
「そんな……、それじゃあ、今までの君の生活が……」
「いいんです。どうせ、ひとのにおいがついてしまって、なかまにはきらわれていたから」
だからあのとき、仲間の狐たちに追い払われていたのだろう。では、ずっと一人ぼっちだったのか。そしてそれは、自分のせいだ。気づいてやれば良かった。あの翌朝、一言でも訊いてやれば、たとえ口は利けずとも、態度ででも応えたか知れないのに。自然と共存したつもりの自分だったが、何も分かっていなかったのだと思い知り、男は唇を噛む。
「そうまでして、僕を引き止めたかったのかい。馬鹿だね、僕は何処にも行かないのに。……それより、その姿でいるのなら、山でネズミや芋虫を食べる訳にもいかないだろう。ここで僕と同じものを食べなくてはいけないよ」
「おいて、くれるの」
「置いてくれと言ったのは君だ。食事の支度はできるのかい?」
「……これから、おぼえます」
「期待はしないで、待っているよ」
彼は腕を組んで、上機嫌に笑った。もう、大勢の人の中での暮らしは、煩わしい。だが、誰とも口を利かない生活も、長く続けば寂しかった。それを潤してくれた狐には感謝こそすれ、気味が悪いとか、迷惑だなどと感じることはない。
「それより」
すっと足を踏み出し、女の横に並ぶ。夕日に長く延びていた影が、重なる程に近い。とっさのことで恥じらったのか、まるで人間のように、彼女は頬を赤く染めた。
「影から、耳と尾が出ている」
「えっ……」
「だから僕は、それを隠してあげるためにも、いつも君の傍にいなくちゃならないね」
女は、真っ赤になって俯く。
「いいんだよ。僕しか見ていない。そのうち、上手になるだろう?」
化け方が半端だったことを恥じているのだろうと考えて、男はまた笑った。どうやら好かれていることや、彼の傍にいるだけで恥かしいこと……などには、鈍くて気が回らないらしい。 (了)
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