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スペイン語翻訳通訳

Instituto de Traducciones de Tokio

ここは日西翻訳研究塾ホームページ 連載短編小説「Waltz In BLACK-07」のページです

 

     
Yossieの連載短編小説「Waltz In BLACK
 
.第三話『橋』
..その1
「郵便!」
 一声かけて、配達夫が戸口から封筒を投げ込み、自転車を停めていた道に駆け戻っていく。お勝手にいた女はそれを拾い上げ、奥の部屋の戸を叩いた。
「お手紙ですよ」
 すぐに扉が開き、男が顔を出す。裏を返して差出人を確かめ、笑顔で頷いた。
「ありがとう」
「東京から、ですか」
「うん。相良からだった。新しい仕事だろう。君や子供のために、うんと働かなくては」
 男は明るく言ったが、女はふと眼を逸らす。
「無理だけは、なさらないでくださいね」
「こんなに気楽な暮らしをしているのに、私の妻は何を言っているんだろう」
「先生……」
 さまざまな感情がこみあげてきたらしく、女は口元を袖で押さえて絶句してしまった。
「どうしたんだね?」
「いえ。ごめんなさい」
「遠慮など、今更おかしいよ。いや……、君はただ私の健康を気遣ってくれただけで、私が深読みし過ぎたんだな」
 男が手を伸ばし、女の頬に触れた。そっと、口元を隠していた袖を外す。
「ちゃんと顔を見せてご覧」
「いや、です……」
 白い肌に朱を散らし、女は逃げようとした。
「待ちなさい」
 もう笑いながら、男は女を追いかける。微笑ましいと言えば微笑ましいが……。

「おぎんさん、大変だ! ……あ、先生。いらしたんですか」
 そこへいきなり権作が飛び込んできて、先の男は鼻白んだ。
「悪かったね。で、何が大変だって?」
「いや、あのう……。まさかとは思いますが、先生の留守に間男ってえ訳じゃ、」
「そんなことは、誰も考えていない。冗談にしても、もっと面白いことを言いたまえ」
「済みません。ただ、お留守かと思って飛びこんできちまっただけで、他に理由がある訳じゃないんです」
「権作どんが困っているわ。あんまり苛めないであげてください、先生」
 女が横から口を出し、村の男は頭をかく。
「へえ、どうも……」

 今更だが、男は疎開がてら療養に来て以来ずっと、この里に居座っている。当時は医大を卒業したきりだったけれど、言葉は悪いが戦後のごたごたをうまく利用して、医師免状も取得した。家には傷薬や湿布、虫下しに熱さましくらいしかないが、里の者が屋根から落ちたり風邪をひいたときには診てやっている。大学出の偉い人ということで、適当に先生と呼んでいたが、今ではお医者の先生だ。とはいえ、頑健な連中ばかりでほとんど医者の用はないし、謝礼を貰ったとしても、米や野菜である。家の裏で妻が小さな畑を作っており、小屋には鶏も飼っていて、日頃の食べ物に不自由はしないが、現金収入は、時々郵便で頼まれる書きものと、人の良い彼の友人、相良に押し付けている、実家の資産の運用益だけだった。

「私が一緒だから、だよ」
 新しい声がして、皆は一斉に戸口を振り返った。権作はともかく、女は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに事情を察したようだ。ただ、先生と呼ばれた男は目を丸くして、声の主を見つめる。全く、知らない相手だったのである。
「お初にお目にかかる。ぎん、と名乗っているのだったな。その者の、兄です」
 抜けるような白い肌に、長い銀色の髪の男が、女を指差し、曖昧な笑みを浮かべる。端正と言っていい顔立ちなのだが、糸のように細められた目は感情が分からない。色も生地も薄い着物に、羽織まで似たような色合いだ。帯は少し濃いめだが、ほぼ全身が薄い銀ねず色で、毛先を束ねた絹紐の僅かな朱だけが、差し色になっている。
「それは仲間も一族も捨てて、人間の元に遁(はし)ったために、表立っての付き合いはできなくてね。嫁入りどころか子供も生まれたというのに、祝いもせずに申し訳なかった」
「い、いえ……。ということは、お義兄さん、とお呼びしても……」
 さすがに落ち着きを失って、男が訊ねる。彼が考えている通りなら、この男も、狐の化生なのだ。
「ふ、ふふ。くすぐったいな。人間ふぜいに、義兄呼ばわりされるとは」
「酷いわ、次郎にいさま」
 女が、甘えたように口を挟む。上目遣いが、どことなく艶めかしいほどだ。
「申し訳ない話ではあるが、君が留守の折に、様子を見に来たことがある。あの子供を見極めに、だがね。そのときにも、権作に案内を頼んだものだから」
「三郎太がどうしたんです」
「あれは、人間の血は混じっているが、立派な尻尾も生えていて、素質はある。そういうことだ」
「……父は太郎狐といい、一族の長でした。今は、兄が跡を継いでいます。もちろんまだ若く、これから子が生まれることも十分に考えられますが、あの子にも、資格があるというのです」
「お義兄さんが、次郎という名だといったね。だから子供に、三郎太という名をつけたのかい」
 母親は不詳のまま、子供は彼の戸籍に入っている。名前は、女がつけた。長男なのに三郎も変だとは思ったが、自分の名前に数字の二が入っていることもあり、深くは問い詰めなかったのだ。
「……」
 女は答えなかったが、微かに頷いた。
「生まれたときから、勝手に決めていたのか?」
「違います。でも……、私たちは、いつまでも貴方とは一緒にいられない……」
「何故君は、すぐにそう決めつける? ここでずっと三人で暮らそうと、いつも言っているじゃないか。それに君は、仲間から弾かれたと、」
 仲間に苛められ、追い払われていた。今更そこに、戻れるのか。
「追ったのは、私だ。長の娘が人間などに近づくとは、身の程を知れと叱ったつもりが、ますますその人間に懐き、熱をあげて……、果ては、夫婦気取りで暮らし始めてしまった。だが、力のある子が生まれたのは、悪くない」
「そんな、勝手な……」
     

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