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スペイン語翻訳通訳

Instituto de Traducciones de Tokio

ここは日西翻訳研究塾ホームページ連載短編小説「Waltz In BLACK-10(最終回)」のページです

 

     
Yossieの連載短編小説「Waltz In BLACK
 
.エピローグ『暗闇の円舞曲(やみのワルツ)』
 日中、曇ってはいなかったはずだが、夜には月も星も出ず、足元が覚束ないほどだ。街灯はあるにはあるが、かなり彼我の距離が遠く電気も弱くて、あまり役には立っていない。
「懐中電灯を持ってくるべきだったな」
 ぶつぶつと文句を言いながら、相良が歩いている。姿を消した友人の自宅を訪ねてみようと思ったが、遅くなってしまったのだ。毎週は無理でも、月に二度ほどは、様子を見に来る。母屋の一部は運悪くもルートを外れた飛行機から焼夷弾の直撃を受けたが、戦後、米軍に接収されたために修理されて、ほぼ元通りになっていた。解除になってからは、彼が管理を任されている。信頼できそうな者に掃除を頼んではいるが、居座られても困るので、自分も様子を見に来ている。なお、家具調度などは、家主の男が使用人にくれてやるように言い、家の中はほぼ空っぽで、盗られるものは何もない。
 とにかくやたら敷地も大きな屋敷で、次の角を曲がればやっと、勝手口に通じる門があるはずだ。
「誰だ!」
 暗がりに、誰か立っている。背も高く、男だろうとは思われるが、何故か白っぽく周囲から浮きあがっていた。
「まさか、化け物?」
「藪から棒に、何だね。おや、お前は……」
 目を細めてこちらを見る相手には、見覚えがあった。一度だけ会ったことがある、彼の友人の妻の、兄だという男だ。薄い色の着物に、長い髪も銀髪なため、暗がりでは白く光って見えたのだろう。
「星もない新月の夜は、人間の目には暗かろうに。ふふふふふ」
 言うこともいちいち気味が悪いが、全く知らない相手ではなかったことで、少し落ち着いた。それより。
「もしかして、帰って来ているんですか?」
「そう、だね……。そうとも言える。我々にも住まいを提供するから、どうしても来てくれとうるさいのだよ」
「じゃ、皆で一緒に暮らしているんですか。良かった」
 相良はそう言うなり、駆けだした。確かに、屋敷には灯りがついている。
「おい! 戻っているのか?」
「あれえ、旦那……」
 出迎えたのは、あの、権作だった。
「何だ。君も一緒か。それは心強い。他には誰がいるんだい」
「へえ。先生と、おぎんさんに三郎坊、わっしと飯炊きのさよ婆さんに、次郎様で」
「そのくらいの人数なら、十分に住めるだろう。まだまだ、広すぎるくらいだ。安心したよ」
「まあ、他にもいろいろ、出入りするかも知れんけんど……先生は、山の者(もん)らにも、いつでも来ていいって言ってくれてるし……」
 権作がぼそぼそとつけ足したが、彼はもう聞いていない。友人の男が姿を見せたからだ。
「全く、毎度毎度水臭いな! 連絡くらい、寄越せよ!」
「ああ、済まない。実際のところ、今日着いたばかりだ」
「表で、細君の兄貴に会ったんだ。それで、」
「え? おい、権作君。様子を見に行ってくれ」
「次郎様なら、どんな深い山でも迷われませんのに。大丈夫でごぜえますよ」
「違うよ。あの人が、悪戯しないように……、だ」
 男は苦笑いを浮かべる。先程、脅かされそうになったこともあり、相良も、事情は何となく分かった。折しも、遠くで衣(きぬ)を裂くような悲鳴が聞こえ、さすがの権作も慌てたように、飛び出していく。
「悪戯好きな人だね。僕もさっき、驚かされたところだ」
 次郎は退屈しのぎに外に出て、人間を脅かしているのだろうと思われる。
「細君や、三郎太は?」
「先程、寝かしつけに行ったのだが……。一緒に眠ってしまったのかも知れない」
「そうか。だが良かったな。親子三人が離れたくはない、手を取り合って暮らしたいと言っていたし」
 相良の言葉に、男は曖昧な笑みを浮かべる。深淵を覗いてきた者の、翳(くら)い微笑だった。
「たとえ人の倫に外れても、この身は暗闇(やみ)に堕ちても……とまで、考えたが……」
「大げさだなあ。たかが、山奥に引っ込んだくらいで。それに、こうして家族揃って、東京に戻ってこれたのだし」
 明るく決めつけられて、男も頷いた。何も、人の好い親友を怖がらせることもない。いずれにしても、人間の住む都会(まち)に戻ってきたのは確かだ。
「そうだね。しかし何故か、数は倍になってしまったがね」
「ははははは……、そうだな。六人か。舞踏会にしても、女性の数が足りないな」

(了)
     

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