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あいまい便利な日本語表現
その4)===
「…ほど/…ばかり」
「お出かけですか?」
「ええちょっとそこまで」
あいまい会話の定番のひとつだが、同じような表現はスペイン語にもある。あいまいな領域に無縁の日常生活を送ることは誰にとっても不可能なことであり、あいまいなニュアンスを出すべくいろいろな表現が駆使されるのは、いずこも同じである。スペイン語でこれに相当する表現の一例をあげてみよう:
"¿Dónde vas?"
"Voy a dejar un recado."
さて今回は、前号で触れた「…ほど/…ばかり」について、またまた海ちゃんの場合を例にとりながら考えてみたい
先月号で海ちゃんは猫缶を2缶買おうとしたが、絶対に2缶でなければならない理由はなかった。だから彼は、「2缶ばかり…」と言ったのだ。「たった2缶でお店の人を煩わすのが悪いな」という気持ちが働いたのかもしれない。あるいは財布の中身と相談したら、「お金は5缶ぶんぐらいはあるのだけど、そんなに持って帰るのは重いし、今日は2缶にしておこう。でも、ちょっと恥ずかしいな」と自分への言い訳もこめて「2缶ほど…」と言ったのかも知れない。あるいは、「5缶は多すぎるけれども、3缶ぐらいなら買っておいてもいいかもしれない。ビミョー。とりあえず2缶にしておこうかな」と逡巡したのかもしれない。そんな揺れ動く心のプロセスをニュアンスとして表現に吹き込むのが「…ほど/…ばかり」なのだ
Umi-chan: Todavía quedan algunas latas pero ¿Quizás no sería mejor que me comprara algunas más? Quizá sería unas diez, pero no sé.
海ちゃん:「猫缶はまだ少し残っているけど、そろそろ買ってもらったほうがいいかにゃ?。まだ、大丈夫かにゃ? でも、10缶ほど買っておいてもらいたいかにゃ?」
Casi se lo pido. Mamá, cómprame 10 latas, por ejemplo.
やっぱり、お願いしよう。お母さん、僕に(猫缶を)10缶ばかり買ってください
(Casiとpor ejemploの使いかたに注目してくださいね)
(余談だが、ここでいうお母さんとは、海ちゃんの実母ではもちろんなく、彼を拾ってきた自称「海の母」のことである。ここのところシュールな会話が継続しているのは木の芽時だからなのかも知れない…皆さん、春は変な人に気をつけてにぇ!)
さて、「…ほど/…ばかり」には抑制的・緩和的な効果がある。柔軟剤と言っても良いだろう。言い訳など、心の中に起こった一連のプロセスを無かったことにせず、形を変えて表現しようとする試みでもあり、会話にいかにも日本語らしい余韻とふくらみを添える
「ベンツを二台ほど買いましてね」
「別荘をふたつばかり持っておりましてね」
ここでの「…ほど/…ばかり」は、和を大切にする定住型農耕社会における気配りの名残が反映されたものだろうが、柔軟材として成功しているとは言いがたい。あからさまな自慢にならないようにオブラートをかけることで、かえって尊大な印象が強調されるように感じるのは私だけではないだろう。隠そうとすることでいっそうその部分を強調し、かえって品格を落とすことに力を貸してしまう、かの「映倫ぼかし」を彷彿とさせるものがある
Gatito Umi-chan
以上は、本塾のメールマガジン『e-yakuニュースNo.66(2006年04月末発行)』に掲載されたものです |