Fundado en 1995

スペイン語翻訳通訳

Instituto de Traducciones de Tokio

翻訳・通訳学習を通して、本格的に、そして、本腰を入れ、じっくりとスペイン語を学び、実践的なスペイン語能力を身に付けたい、伸ばしたい人のための塾です


Mascota
"Umi-chan"

 

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小塾の名称変更について

2011年02月吉日

 
小塾設立の経緯:
小塾が、数あるスペイン語学校の中でも、あらゆる意味で異彩を放つ存在であることは周知の通りです
熱心な学習者たちから翻訳を教えて欲しいとの強い要望によって、四ッ谷の「喫茶店ルノアール」(現在はもうその場所は存在しません)の片隅にて、「翻訳道場」として始まったのが1995年7月のことでした
つまり、 まず塾が設立されて生徒さんが集まってきたのではなく、スペイン語を学びたい、同じ学ぶならしっかり学びたい、「翻訳くらいできなくてどうするの!」と考えた、学ぶことに実にどん欲且つ強い意志を持った生徒さんたちの存在がまずあったのです。このように、小塾はその生い立ちからして実にユニークなスタートを切っています
その熱心な学習者たちは、実は1995年当時、通訳養成学校の老舗「ISSI(現:アイ・エス・エス・インスティテュート)」で学んでおられた生徒さんたち(*1)であり、その強い要望を受けたのは、同校で教壇に立っていた現在の塾頭である碇 順治でした
塾頭はその後も2008年までの13年間にわたり同校で教鞭を執り続けました
その間、本邦初となる同校が出版した「スペイン語通訳養成のための通信教材」では著者として携わるなど、アイ・エス・エス・インスティテュートとは極めて密接な関係を維持し続け、いわば同校の精神を受け継いでいだ形で語学学校を主宰しているのが小塾の塾頭です
言うなれば、当時、半ば当時の「ISS」公認のような形で「翻訳道場」が開校(喫茶店での個人的な「勉強会」を開講と呼ぶのはややはばかれますが)されて現在に至っていると言うことになります

しかし時代は移り変わり、塾頭が初めて教壇に立った当時の「ISS(スペイン語コース)」は、2011年03月を最後にその伝統の幕を降ろすことになりました…
今回の件については、塾頭も「時って移りゆくんだよなぁ。無常だ。不条理だ…」と嘆くことしきりです
同じスペイン語を教授する立場として実に残念でなりません

むろん、アイ・エス・エス・インスティテュートの他の語学部門は従来のカリスマ的存在を維持され、通訳養成にますますの力を発揮されています。よって、一日も早くスペイン語コースを再開されることを切に願ってやみません。その方がより張り合いがありますし、老舗があった方がこちらも気が楽でもあるからです
 
ともあれ、以上のような経緯もあり、この度小塾は「アイ・エス・エス・インスティテュート」の受講生さんたちの『受け皿校』として頂き、さらに同校からは『小塾を推薦する手紙』も頂戴しましたが、同校はこれに留まることなく、同校の受講生を対象とした以下のような説明会を開催し、小塾を紹介するために同校の教室をもお貸し下さいました
 
2011年02月01日(火) 塾頭とサンチェス先生が説明会に参加しました
2011年02月03日(木) 塾頭とミゲス先生が説明会に参加しました
2011年02月09日(水) 塾頭と駒井先生が説明会に参加しました

以上のような経緯から、小塾では、2000年以降慣れ親しんできた塾名を改名することになったというわけです


小塾は、翻訳講座のみならず、数年前からは細々とではありますが、通訳講座も開講して参りました
小塾は、極めて高いレベルのスペイン語学習者を対象とした「息の長い」塾生さんたちを中心に指導を続けています
そのため、必然的に講師陣もまた高いレベルのプロの指導者を配しています
熱心な学習者を指導するには、これを真摯に受け止めねばなりません。単に少しスペイン語ができるから、というような安易な気持ちで人を指導することはできません。やはりプロの指導者が、プロの視点から指導することが大切だと考えています
そして小塾は、開塾以来こうした高いレベルをずっと保持することに注力し、今後もそうしていく所存です
 
『高いレベルの指導と授業を提供することこそが小塾の宿命であり使命』であると考えています
 
にもかかわらず、この15年間、ずっと、業界随一の『低授業料』も併せて維持し続けてきました!!
 
どうしてこのような、水と油の混在が可能だったのでしょう?「あの杉下 右京(*2)にも解けなさそうな大きなナゾだ!!」とは思われませんか?!?!
 
その答え@ その答えA

(*1) 一部の人は在籍中。その他の人たちは、プロの翻訳家や通訳者として、また在京スペイン語圏の大使館にて活躍中
(*2) あの超人気シリーズ「相棒」のナゾの作者とされている碇 卯人(いかり・うひと)氏は小塾の塾頭ではありませんので念のため。また、「エバンゲリオン」の主人公である碇シンジは、第3新東京市に来るまでは「先生の所に住んでいた」とされていますが、その「先生」といのもまた小塾の塾頭ではなく、また、シンジ本人、若しくは、シンジの父でもありません。シンジは碇ゲンドウと碇ユイの長男であることが明白だからです。また、彼らと親戚関係にもありませんので念のため

 
最後になりましたが、名称変更に伴い、小塾HP内の表記変更も鋭意務めておりますが、なにしろ650ページ以上にもわたりますので、しばらくはまだ旧名が残ると存じますがご了承のほどお願い申し上げます