はじめに:
マヤ長期暦は紀元3世紀から10世紀にかけてマヤ考古学で「古典期」と呼ばれる時代に盛んに用いられました。マヤの遺跡に残された石碑、石段、壁、柱、まぐさ石(lintel)、はては土器、石器、人骨、獣骨にいたるまで暦に関する情報があふれるほどに描かれています。そのため、マヤの碑文には暦しか残されていないとさえ考えられていたくらいです
1950年代になり、実は王朝の歴史、王の誕生、即位、死亡、業績、近隣国家との戦争や友好関係なども記されていることがわかってきました。さらに、音の要素も理解されるようになり、epigrapherと呼ばれる一群の学者によって解読が進められています
長い間謎とされていたマヤの歴史、国家形態、神殿や都市を放棄した理由などもおいおい明らかにされることでしょう。
また、最近では日本人考古学者による新しい発見も相次いでいますので、マヤファンにとっては楽しみなことです
T.マヤの暦の仕組み
T−1 長期暦
右の図柄は、マヤの遺跡のひとつで、メキシコのユカタン半島のほぼ中央にあるマヤ後古典期の遺跡チチェン・イッツァで買ったお土産です。プラスチックの不織布にマヤ文字で、1940年12月26日(わたしの誕生日)にあたるマヤ長期暦がプリントされています。これは、GMT:584285を使って変換されています
碑文の中で、数字は1を表す「丸」と5を表す「棒」で表記されることが多いのですが、上記のような頭字体や幾何学模様で表記されることもあります。たまには、時間という重い荷物をを背負った神さまの全身像で描かれている場合もあります |
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この暦の読み順と読み方は下の表のようになります。 @の(導入文字)はひときわ大きく、目立ちますが、読み方はまだわかっていません。しかし、この文字に続いて必ず長期暦が記されるので導入文字と呼ばれています。
@ (導入文字) |
A 12Baktun |
B 16Katun |
C 6Tun |
D 17Uinal |
E 5Kin |
F 8Chicchan |
G 8Mac |
H (月に関する情報) |
導入文字に続いて出てくる暦の文字AからGは、マヤ文明に関する本の中では、『12.16.6.17.5
8Chicchan 8Mac』と記されます。前者の『12.16.6.17.5』がいわゆる長期暦で、『8Chicchan』は260日暦、『8Mac』は365日暦という暦法です。それぞれが独立して進んでいきますが、非常に機械的に進むので長期暦が決まれば260日暦も365日暦も自動的に決まります。ただし、その逆の260日暦と365日暦決まっても長期暦が決まるわけではありません。長期暦が非常に長い周期であるのに対し、260日暦と365日暦の周期は短いからです
マヤ暦にはHのような月に関する情報のほかにも、金星の動き、その日を支配する神、819日を周期とする暦などさまざまな情報が刻まれていますが、その辺りになると少々わたしの範疇からでてしまいますので言及を避けましょう。いずれにしても、西暦への変換には全く影響がありません
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尚、マヤはわれわれの暦よりも正確に年月を刻んでいたという説も、かつてはありましたが、今では否定されています。間違った前提に基づいて、間違った計算をした結果こういう説が唱えられました。マヤ暦では閏年が用いられたという証拠はありません。一年を365日として計算するので、季節とのずれはかなり大きくなります。因みに、西欧とマヤ世界が初めて接触した頃、マヤの元旦『1Pop』(365日暦)は7月26日でした
マヤ長期暦は『13 Baktun』を一周期とします。暦と宗教は密接な関わりを持っており、13という数字が宗教上大事な意味を持つことは良く知られています。『13.0.0.0.0』は現在の周期の始まり(0日)であると同時に、前の周期の終わり『1,872,000日』でもあります
始まりの日『13.0.0.0.0』の次は『13.0.0.0.1(1日)』であって、その次の日は『13.0.0.0.2(2日)』となり、最終的には、『144,000日』を経て、『13.19.19.17.19』の次は『14.0.0.0.0』ではなく『1.0.0.0.0』となります。つまり、わたしたちが12時といったり、0時といったりするのとよく似ています(『1.0.0.0.0』=『1Bakutun.
0Katun. 0Tun. 0Uinal. 0Kin』−下の表参照)。こうして1日1日進んでいき、日数を数えます。この日数を説明の都合上わたしはマヤ日数と呼ぶことにします。後でもう少し詳しく説明します
そして、『13.0.0.0.0』に戻りこの周期が終わりになります。マヤ暦の一周期は『1,872,000日』です。実に5000年を超える年数です。現在の周期『13.0.0.0.0
4Ahau 8Cumku』は、紀元前3114年8月11日に始まりました。現在の周期の終わりであり、次の周期の始まりである『13.0.0.0.0
4Ahau 3Kankin』は、2012年12月21日にあたります。運命論者であるマヤは、この日は「この世界の終わりであり、新しい世界の始まりである」と考えていたことでしょう。今から約10年後のこの日に何が終わり、何が始まると予想していたのか、碑文解読の成果を見守りたいものです
マヤ長期暦の表記は変則二十進法で、各数字の位置は位取りを示しています。位取りを示すからには、ゼロを示す必要があります。空白を意味する文字が使われています。マヤ地域で最も古い日を記した石碑は紀元前36年ですから、この頃すでにこのような概念があったという事実には驚きます。わたしが学生の頃「ゼロの発見」という本が売れていました。それによると、インドでゼロが発見されたのは、たしか8世紀頃ということでした。この概念がアラビアを通じてヨーロッパにもたらされたのです。わたしたちが現在使っているアラビア数字です
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長期暦の位にはそれぞれ名前がついていて大きいほうから順に書きますと次のようになります。
表 記 |
読 み 方 |
日 数 |
現在の≒ |
Baktun |
バクトゥン |
144,000日 |
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Katun |
カトゥン |
7,200日 |
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Tun |
トゥン |
360日 |
1年 |
Uinal |
ウイナル |
20日 |
1ヶ月 |
Kin |
キン |
1日 |
1日 |
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『Kin』は1日を表します。ですから、『1Uinal=20Kin』で20日を表します。『1Tun=18Uinal』、つまり、『20x18で360日』を表します。したがって、この位だけが二十進法の原則からはずれているわけです。変則二十進法といった所以です。360日が一年365日に近いからこうしたのだろうともいわれています。別ページで説明しています『365日暦(ハアブ)』と混同しないようにご注意ください。『1Katun=20Tun=7,200日』で、『1Baktun=20Katun=144,000日』となるわけです。目安としては『1Tun』が一年、『1Katunが20年』、『1Baktunが400年』ということになります。1周期は『13Baktun』ですから、約5,200年ということになります。
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